アンボイナ島
――――――1625年9月28日 アンボイナ島沿岸 柳生利厳―――――――
「おら、いけいけいけ。ここを落とせば陸軍の仕事は終わりだぞ」
「し、司令官殿。ここは危険です。せめて船内に戻ってください。ここで死なれては水軍の」
「馬鹿野郎。俺が指揮をとらなくて誰がするんだ」
羽柴秀頼少将がどうにか船に入れようとするが、俺は戻る気はない。だいたい自分も参謀長だろうに。俺よりでかいからいい的にもなるだろう。
「進め、死んだ同胞に恥ずかしくない戦をしろ」
竹束を持った兵が少しずつ前に進んでいく。前から鉄砲や弓矢が飛んでくるが、何とかほとんど被害を出さずに進めているな。やはりある程度は準備されていたとしてもほかの拠点が落とされた後では兵站も士気も維持できていないようだな。数もジャガタラに比べて少ないように感じる。
「うわっ、矢が飛んできた」
「戦場なのだから当たり前だろうが。それより砦に船から攻撃出来ているのか」
「大丈夫です。すでに直線距離で最も近いところから棒火矢や大砲で攻撃を加えています。実害はどれほど出ているかわかりませんが、心のほうはずいぶん消耗しているでしょう」
「この調子であれば勝てそうだな。本国のほうはいろいろ大変そうだが」
「内貞様の件ですか」
「そうだな。内貞様が亡くなられて朝廷での重しがなくなった。公家どもがどう動いてくるか。ま、俺の知ったことじゃあねえけどな」
かかわりがあるとすればあいつだな。甲寅会も内に外に忙しくなるぞ。ざまあねえな。
「ほかの阿蘭陀拠点は問題なく叩けているな」
「はい。興昌司令長官が指揮をとられています。ここを落とせば阿蘭陀は南海から撤退せざるを得なくなるでしょう」
「これで戦は終わりか」
支援をきちんと受けていればこんな簡単に済む。やはり前回の蝦夷地反乱では派閥なんてくだらないものが無駄な犠牲を生んだな。
「おい、この船からも撃てねえのか」
「撃てなくはないですが・・・味方に当たる可能性があります」
「別に敵に当てようとする必要はねえ。むしろ敵の後ろのほうを狙え。こちらの射程範囲内であると知らせてやれば、逃げ出したくなるだろう」
「はあ、ではそのように。おい、大砲と棒火矢の準備だ。狙いは敵後方」
「はっ」
そばに控えていた秀頼の副官が指令を伝えるべく動き出す。とにかく上陸してある程度拠点を確保しねえと。いっそ、どこかの中隊に突っ込ませるか。いや、さすがに被害がきついか。士気にもかかわる。ああ、司令官なんて面倒な仕事、したくねえよ。戻ったら絶対あいつの面を一発殴る。
「参謀長」
戻ってきた副官が少し困惑した表情で興昌に近づく。
「どうした」
「後方より船が近づいてきています」
「なに?」
「なんだ。ここで敵か」
「いえ、日の丸が見えたので味方の駆逐艦かと」
味方の船が一隻だけ?妙だな。
「手旗信号で何か言ってきているか」
「いえ、まだです」
「何か言ってきたらまた伝えてくれ」
「かしこまりました」
そう言って副官が周りに指示を出し始める。
「何か後方であったか」
「だとしたら最悪です。兵站が途切れればここでは負ける可能性も」
「英蘭が講和の仲介なんて余計な真似をしてくれたかもしれねえぞ」
「それはないかと思いますが・・・駆逐艦一隻だけで最前線に来るのはよほどのことかと」
「海南軍司令官と第四艦隊参謀長が最前線に来ているんだ。駆逐艦の一隻ぐらい来たっておかしくないだろう」
そこでこの船から棒火矢が数発、敵の後方に打ち込まれる。少しの間だけ敵が何もしてこなかったが、すぐに鉄砲や矢が飛んできた。だがさっきより勢いがねぇ。動揺してんな。押し込むなら今か。
「てめえら、敵が棒火矢にびびってるぞ。今のうちに進みやがれ」
俺の言葉に各指揮官が前進するよう指示を飛ばしている。ああ、俺もあそこに入りたい。せっかく鍛えた新陰流もここからじゃあ意味がない。
「司令官殿」
「あん、なんだ」
ふりかえると秀頼が顔を真っ青にして立っていた。手には手紙が握られている。
「先ほどの駆逐艦から矢文が」
「内容は」
「バンテン王国がジャガタラに」
「攻めてきたか。意外と早かったな」
上がどう考えているか知らないが、参戦してこないほうがおかしいんだ。それも自国の領土を取り戻すための戦だ。
「で、落ちたのか」
「いえ、それはまだのようですが」
「当たり前だ。わざわざうちの参謀長を置いてきたんだ。落ちていたら俺が頸をはねてやる」
「ど、どうしますか。引き返してバンテン王国を追い払いますか」
「必要ねえ。ある程度は要塞化できているらしいからな。現地の兵で十分だ。それよりここを落とすほうを優先するぞ」
「しかし後方が落ちれば」
「その時はこの島を制圧して奪還の拠点にする」
ふん、楽な戦だと思っていたんだがそうでもないらしいな。不本意だが物資が足りない戦は蝦夷地で慣れている。あの極寒の地の戦に比べりゃあ大した事ねえ。
「司令長官がいない以上、ここの水軍を率いているのはお前だろ。腹くくれや」




