ジャガタラ攻略
――――――――1625年3月22日 スートラ 三浦按針―――――――――
「確か貴殿の話ではそろそろ日本がジャガタラを攻めるということでしたな」
持ってきた土産の話でひとしきり盛り上がった後、コックス殿は紅茶を飲みながら思い出したように言った。
「そうですね。もう攻略したという情報がこちらに届いてもおかしくないころあいでしょう。2月に攻撃開始という話でしたので」
「あそこの攻略はなかなか面倒ですよ。一度攻めた我々が言うのだから間違いない」
「日本と貴国では前提条件が違います。規模しかり、ブルネイしかり」
「属国に食料を供出させて数万の兵で攻めればどのような要塞でもひとたまりもないと。それに以前から使っていた傭兵の裏切りもあれば簡単に落とせるとお考えですか」
「さて、どうなるでしょうか。部下からの報告が楽しみです」
思ったより情報が伝わっているな。傭兵の下りは俺も聞いてない。おそらくこちらの様子を見るために予想される手を言ってみただけだろうが、それだけこの戦に関心を向けているのだろう。うまくいけばオランダを出し抜いて香料を独占できると考えているはずだ。俺の役目は日本の有利になるようにイングランドと交渉すること。
「それで今回は何の用なのかな。まさか紅茶や土産を持ってきたわけではないだろう」
「もちろんです。この戦のあとの話をしに来ました」
「はははっ。日本の宰相はずいぶんと気が早いのだね。勝負が決まる前にもう次の話か」
太政大臣はchancellorと訳することにしたのか。これが征夷大将軍であればまた別の名が必要になっただろうな。
「早めにしないとまた先を越されますよ。香料の貿易でオランダに先を越されたように」
「言ってくれるね。それで?」
「先ほどお見せしたマラッカ海峡周辺の地図をご覧ください」
「あの地図か」
そう言いながら渡した土産の中から地図を取り出し広げる。
「それで、この地図がどうかしたのか」
「こちらの地図に載っているこのスマトラ島と対岸の半島、およびこれより東側を日本の勢力範囲と認めていただきたい」
「・・・つまり我が国と日本とでサラゴサ条約を結びたいということかな」
「はい」
オランダの次はイングランド、なんてことは避けたいと奉行は考えているらしい。マラッカ海峡より東側の海では日本が盟主として君臨する。その中で日本が儲けていく仕組みを作っていきたい。
「従っていない、それも今回の戦争次第では敵対することになる国もある地域を勢力範囲と認めてほしいとは。それと、もしかしたら知らないかもしれないがこの世界は丸いのだよ」
「当然存じています。コックス殿もおっしゃったではないですか、トルデシリャス条約ではなくサラゴサ条約と。日本は新大陸の西の端をもう一つの境界としたいと考えています」
これは新大陸には日本は手を出す気はないという意思表示だ。イングランドもこれ以上新大陸での競争相手が増えるのは避けたいだろう。
「なるほど、小西洋は我が国に、太平洋は日本にということだな」
「はい。貴国はこれからインドとペルシアに専念したいと考えているはず。日本側はこの地域の安定を図りたい。もちろん貿易で必要ない危機をするなとは言いません。しかし土地を占領したり、買い取ったりするのはやめていただきたい」
「正直言ってね。君たちが南海という地域の島々はどうでもいい。だが君の話ではチャイナは日本の勢力範囲となる。それはとても許容できない」
「チャイナとの貿易は日本を通じて行えば問題ないでしょう。それとも貴国にはチャイナまで安全に持続的に船を送ることはできますか。それも窓口なしに」
その言葉にコックス殿は返事をしない。イギリス東インド会社はその仕組み上、継続的な商売には不向きだった。そもそもできるならオランダより勢力を広げていただろう。しかしチャイナの品々は南蛮でも高く売れる。利益のためならば日本と組むしかない。
「失礼します。アダムス様に手紙が届いております」
「入れ」
使用人が部屋に入り、手紙を俺に渡すとすぐに出ていった。
「見てもよろしいですか」
「もちろん。この交渉に必要なことが書かれているかもしれませんので」
「失礼します」
そう言ってすぐに手紙を開く。
「コックス殿、どうやらジャガタラの話のようですよ」
「ほう。して、結果は」
「日本の勝利です。ジャガタラは日本が占領しました。総督のヤン・ピーテルスゾーン・クーンは捕らえましたが、必要ならば明け渡しますが」
「適当な牢屋にでもぶち込んでおいてくれ。顔も見たくないよ」
「わかりました。では必要になりましたら、言ってください」
「念のため、本国に確認しておこう。先ほどの話も含めてね」




