三浦按針
―――――――1623年8月20日 浅井家上屋敷 浅井井頼――――――――
「戦の開始は再来年の2月に決まりました」
宗矩殿の言葉になぜだか溜息をつきたくなった。私が言いだしたこととはいえ、また戦をすることになるとは。それも今回は反乱ではなくこちらから攻める。
「では外務奉行所はその後、周辺勢力と交渉をして領有を認めさせればいいわけですね」
「そして産業奉行所が開発を進める。交易という点で見ればまあ、とんとんと言ったところか」
戦をしてむしろ損をするようでは意味がない。それは上様もご承知のはずだろう。
「その前に参謀本部から確認してほしいといわれていることが」
「どうされた、宗矩殿」
「本当に英蘭は参戦しないのでしょうな」
「按針の見立てでは参戦する可能性は極めて低いとのことです」
「信用できるのか。按針とて祖国を裏切るような真似を進んでしたいと思っているわけがない。ヤンのように裏切る可能性があるのではないか」
調長殿が疑いの目でこちらを見る。
「参戦するようでは井頼殿に対する上様の信用は地に落ちるぞ。井頼殿だけではない。甲寅会の信用もだ。そうなれば徳川閥や最近の旗本閥のように派閥がまともに維持できなくなったり、譜代閥のように距離を置かれる可能性がある」
この戦に反対した旗本閥の三成殿や長政殿は奉行職を解かれた。譜代閥も中心となる良通殿が辞職され、智保殿も解任された。全員が職を解かれたわけではないが、残った人たちも距離を置かれるようになっている。今では甲寅会が評定の中心となったが、英蘭が参戦すればほかの派閥はここぞとばかりに参戦はないと言い切った私を潰しに来るだろう。
「ようやく外務奉行になり、甲寅会の意見が通しやすくなったというのに変なところで足をすくわれるのはごめんだ」
「わかっています。ですがその件は情報本部とも情報交換を行いながら判断したことです。それに按針は日本で嫁をとり、子供も二人いる。ここにきて裏切るようなことはしないでしょう」
「だといいのですが。陸軍としましては念には念を入れなければいけません。予備計画として英蘭が参戦してきた場合の作戦も作らせていただきます」
「それはもちろんです。参戦されても最悪、甲寅会に延焼しないようにしなければ」
最悪なのは甲寅会ごと潰されることだ。
「また、英蘭の撤退が開戦までに行われなかった場合にも備えなければ」
「それに関しては外務奉行所のほうから撤退を促そうと考えています」
「可能なのか?」
私の言葉に二人が疑っているような目を向ける。
「按針は病がちなので日本から動けませんが、嫡男の二代目三浦按針に使者として天竺に向かってもらおうと思っています」
「二代目に説得させるのか。しかし南海から出て行ってくださいと言っても、はいそうですかとはならないだろう」
「もちろんです。二代目には阿蘭陀と戦が起こるということ、その際に阿蘭陀の船を徹底的に沈めることを伝えてもらい、阿蘭陀領を日本が引き継ぐことを認めさせます」
「それだけか?」
「こちらから出て行ってくれと言っても出ていかないのであれば、そうなるように誘導するだけです。間違えて沈めてしまう可能性を示唆すれば撤退してくれるでしょう。日本が勝てば英蘭も独占的に取引ができる。利益になることはわかってくれるでしょう」
「わかりました。では戦が始まってもいるようであれば2・3隻ほど沈めるよう頼んでおきましょう」
宗矩殿が物騒なことを言っているが、ある程度は脅しもしておいたほうがいいだろう。舐められたままでは交渉にもならない。
「しかし上様は気性が荒いですな。ああもお怒りになられるとは」
調長殿が酒を飲みながら思い出すように言われる。
「奴隷貿易のこともあった。先代、先々代と比較してなめられているというのは耐えられないのだろう」
「しかし上様が仰ることも御尤もではないですか。幕府が舐められては大名がどう動くかわかりません。こうして外と戦ができるのも、うちがしっかり幕府に従っているからです」
「それはそうだが、ああもわかりやすく怒られるのはどうなのだろうな」
「それでも惟宗の血を引いておられるというか、なんだかんだで悪手は指さないですよな。今回の件だって動かなければ、阿蘭陀が南海で力をつけていくのは明白だった。点の支配から面の支配に変わった可能性だってあったでしょう。叩くなら今しかなかった。時流を見るという点に関しては間違えることがない」
「それもまた才能か」
たぶん先々代には誰も敵わないだろう。だがそれでも先々代の血を引いておられるだけあって、何かしらの才能を持たれている。熊太郎様は何が秀でておられるのだろうな。将来が楽しみだ。




