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東西千葉氏

――――――――1543年5月1日 晴気城 千葉胤連ちばたねつら――――――――

「では筑紫攻めは失敗したか」

思わず溜息が出る。目の前の江里口常併えりぐちつねなみも溜息をついている。今回の戦には参加しなかったがそれが正解だったようだ。


「失敗したというより諦めたという方があっているかと。そろそろ農繁期ですので」

「だが隣の宗は農繁期でも平気で戦をする。そのせいで領民には失敗か弱腰に見えてしまうだろう」

「仕掛けられた方も周りも迷惑な話ですな。宗は交易をする湊が多いですので常備兵だけで戦をするそうです。国人たちもその湊が使えるので交易をして銭をため常備兵だけで戦に出るように命じられているようですぞ」

「だがその兵がそろうまでは戦に出ないでいい。有馬の血が流れている西郷でも3年間は戦を手伝わなくていいそうだ」

「3年もですか」

確かに3年は大きい。それだけ内政に集中できれば国力も増すだろう。だが宗はその間にもっと大きくなり、交易で宗に依存した国人たちは反抗できなくなる。つまり宗全体の国力が戦をしながら戦で攻め取った以上に大きくなるということでもある。なかなかうまいことを考えるものだわ。


「我らも交易に力を入れるか」

「しかし何を売りますか。宗の配下になれば交易に使えるものをもらえると聞きましたが同盟者の被官に渡さないでしょうし」

「いっそのこと宗に降りますか」

常併は笑っておるから冗談だろうがあり得ない話ではないと思う。我ら西千葉氏は龍造寺とは縁が深く、一昨年に龍造寺の被官鍋島氏の子彦法師を養子に迎えたばかりだ。そしてその龍造寺は最近少弐との仲が悪いという噂が流れ始めた。さらに少弐の重臣の馬場頼周が宗に対して粗相をして二度と来るなと言われたらしい。宗と少弐の仲が悪くなってくるだろう。宗が龍造寺に近づいてくるのは間違いない。


「ところで彦法師はいかがしている」

「今頃であれば剣術の鍛錬をしている頃でしょう。なかなか優秀な子ですぞ。某も時折見に行っておりますがあれほど優秀な子は見たことがありませぬ」

「おお、そうか。西千葉氏を任せるには頼もしい限りだ」

常併がそれほど褒めるとはよほどの傑物なのだろう。兵法書をよく読み、剣術や算術もよく励んでいると聞く。いずれは龍造寺と協力して西千葉氏を繁栄させてくれるだろう。

「あと10年もすれば彦法師も元服であろう。そのころにはどうなっておるだろうかの」

「さて、どうなっておりましょうかね。少弐が肥前を制しているか、宗が制しているか、あるいは大友の支配下に置かれているか」

「ますますかじ取りが難しくなる。その方も力を貸してくれよ」

「もちろんです。戦場では殿の盾となりましょう」

「頼もしいの。ま、とりあえず当分は東千葉氏の監視が中心となるであろう。あそこは最近妙な噂が流れている」


80年も前に分かれたからほとんど別の家だが長年争っていたこともあり監視を数名置いている。妙な噂が流れていることを知ったのもそのものたちからの報告だ。

「家臣たちが養子入りに不満を持ち反乱を起こそうとしているという噂ですな」

「それよ。全く何を考えているのか。確かに少弐の乗っ取りとみてもおかしくはないだろうがそうでもしなければ断絶していただろうに」

「千葉が一つになるという手もありましたが」

「冗談じゃない。それで頼周に目をつけられたらたまったものではないわ。筑紫を見ればどうなるかおのずと分かろう」

筑紫氏は大内方として少弐と戦ってきたが頼周に娘を嫁がせるなど両天秤にかけるような行動が多かった。問題はそのあとだ。大内方が優勢になり冬尚様の祖父と叔父が討ち取られた時に神崎・三根郡の郡代に命じられ勢力を大きくした。だがそのことを先代資元様と頼周が許さなかった。一度は内応を呼びかけたが応じず逆に頼周に大内方につくよう促した。それが頼周の怒りを買い娘や孫への面会をえさに誘い出されて頼周の居城である綾部城で殺された。


あれは大内についたからというのもあるが大きくなりすぎたことが最大の原因だろう。西千葉氏が筑紫の二の舞になっていはならん。筑紫はしっかりと当主を継ぐ者がいたから少しの混乱で済んだが西千葉は嫡子が養子でまだ幼い。当然、混乱は筑紫以上になるだろう。それだけはなんとしてでも防がねばならん。


―――――――――――1543年5月2日 塚崎城―――――――――――

「熊太郎、失礼しますよ」

「おや、母上。如何しましたか?何か用があればこちらから伺いましたのに」

自室で今回新たに味方になった国人たちに手紙を書いていると母上が入ってきた。いつもは自分の部屋で熊次郎といるのに今日はどうしたのだろう。

「少し話がありましてね」

「そうでしたか。ところでこの城には慣れましたか?」

「ええ、熊次郎も慣れてきたようです」


有馬を滅ぼした後居城を塚崎城に変えた。塚崎は長崎街道が通る。商人の行き来も増えるだろうし行軍する時も早く移動できる。いま兵站衆に命じて長崎街道と唐津街道を整備させている。長崎も今はただの漁村だが成幸が城をどこに立てるべきか現地調査をしている。平城になるが栄えさせるため港の近くに建てるという案と敵襲を警戒して稲佐山か星取山か鍋冠山に建てるという案がある。どの案になるにせよ湊を整備しないことには発展しないだろうからまだまだこれからだな。


「それで話とは?」

「熊次郎の傅役のことです。あの子はもう6歳になりますがまだ決まっていないのでしょう」

しまった、最近戦続きですっかり忘れてた。

「最近、戦が続き傅役を任せることができる人材がいなかったので決まっておりませぬ。ですが有馬も攻め滅ぼしたのである程度は余裕ができました。なのでそろそろ決めようかと」

「そうですか。それで誰を考えているのですか」

全く決まっていない。というか任せることができるような人がいない。佐須一族は俺の傅役だったから熊次郎の傅役もとなると余計な反感を買う。かといって他の譜代はというと皆、奉行などの役職についているから抜けることはできない。いや、盛家には留守居を命じていたな。たぶん暇だろう。よし、あいつと外様を一人つけよう。経治の兄は隠居して暇だろう。出仕させるか。

「仁位盛家と平井経治の兄、経則を考えています」

「経則は外様でしょう。大丈夫なのですか」

「弟は当代無双の勇将とうたわれています。きっと経則もなかなかの勇将でしょう。熊次郎にはそのような姿を見て育ってほしいのです」

「・・・分かりました。お任せしますよ」

「はい、熊次郎は私を除けば宗家本家唯一の男子です。しっかり学ばせますよ」

もしも俺が死んでしまったら熊次郎が継ぐのだ。しっかりと育てないとな。

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