政変
――――――――1619年5月5日 大坂城 浅井井頼―――――――――――
「ふざけやがってっ」
そういって永胤殿が畳をたたく。
「ま、こういう時は飲め。ほらほら」
そういいながら興元殿が酒をすすめる。調長殿は機嫌悪そうに酒を飲んでいる。
「外交は外務奉行所の職掌とはいえ、評定の決定を経ないと大きな動きはできない。とはいえ、今回は完全に派閥争いの一環だ」
「調長殿のおっしゃる通りでしょう」
外務奉行所の会議で永胤殿を味方につけた。もともと意見が同じだったことや、九州閥が脅迫まがいの勧誘が気に入らなかったこともあって甲寅会についてくれることになった。そのおかげで外務奉行所内での主導権争いはこちらが勝ったというのに。
「まさか評定でひっくり返されるとはな」
「宗矩殿がここを離れていたのが痛手でしたね」
評定で親明派の九州閥・徳川閥が猛反対をしてきた。まずは陸軍奉行黒田長政、次官平井経房。金を支援する場合は高山国の守りを強化せざるを得なくなり、蒲端の反乱鎮圧にも影響が出ると。長政は旗本閥だが、陸軍の中で宗矩殿が力をつけている現状に不満を持っている者たちが手を取ったらしい。それを皮切りに法務奉行所次官の筑紫広門、水軍奉行所次官の若林統昌が反対した。ともに九州閥に属している。さらに毛利閥の一部も親明派に味方した。陸軍奉行所次官宇喜多貞家。輝元は特にとがめることも賛成することもなかったから黙認したということだろう。もし金に傾いても毛利閥への影響はできるだけ小さくするために。おかげで判断は見送り。冗談じゃない。
「決定は次の評定。その間に何か唐土で変化があれば日本の唐土に対する影響力が減退する可能性もある。できるだけ早く決めないと」
「上様はどのようにお考えなのだろうか」
「井頼殿、上様は唐土よりアイヌと蒲端の反乱のほうに目が向いておられますよ。上様の頭の中は先代、先々代に劣らない功績を上げるばっかり」
「興元殿、言い方が少し悪いですよ。過去の偉人を越えようとするのは大なり小なり当たり前のことです。上様の場合は超えるべき方が少し大きすぎるだけです。それに他国の事より自国のことを気にするのは当たり前のことです」
「それより水軍のほうは金支援にまとめることはできないのですか。陸軍は宗矩殿に協力している方々以外は明でまとまっているようですし、水軍も一つの意見にまとめるのは難しくないでしょう」
「無茶言わないでくれ。水軍は奉行所も含めて政には興味がないやつらばかり。俺みたいに甲寅会のような派閥に参加しているほうが珍しいんだ。政に意見なんて無理無理」
前に興元殿が水軍の頭にあるのは予算を分捕ることと、上様からの指示をどうこなすかだけだ、と言っていたな。やっぱり水軍にこちらの味方になるよう説得するのは無理か。
「調長殿、譜代閥をこちらの味方に引き入れることはできないのでしょうか。奉行の数で言えば最も多い派閥です。ここが味方になれば」
「どうでしょうな。あそこは派閥争いに対してあまりいい顔をしていません。この前の評定でも特に何か言うわけでもありませんでしたし」
確かに何も言っていなかった。だがあまりいい顔もしていなかった。あまり九州閥・徳川閥に対していい感情を持っていないのだろう。特に九州閥は準譜代として統一前から共に戦いながらも出世を争った関係だ。複雑な感情を持っているのだろう。
「しかし譜代が味方に付けばかなりこちらが有利になります」
「見返りは?あそこは結束力だけは強いので身内の出世を約束すれば説得は楽だと思うのですが」
「平井経房の更迭とそのあとに軍務局長の佐須盛智殿、次期首席補佐官に古川智次殿を薦めるというのはどうでしょう」
「説得できるかどうかはわかりませんが、最善はつくしましょう」
「ありがとうございます。陸軍のほうは宗矩殿が明日には大坂に戻ってくる予定なので何とかなるでしょう」
アイヌ反乱の鎮圧という手柄がある以上、発言力で言えばほかのものより強いものになるだろう。これまで以上に陸軍での甲寅会派の勢力が強くなるはずだ。蒲端の鎮圧を担当しているのは松平忠利だったこともあって徳川閥の影響力は少なくなっている。好機と言えば好機だろう。
「あとは・・・旗本閥ですかね」
「それは俺が対応しようか」
「興元殿が?」
「兄は旗本閥。そこから説得していけば何とかなるさ。それに旗本閥は徳川嫌いだしな」
三成の徳川嫌いは有名だ。よくあそこまで徳川閥を敵に回して出世できたものだ。先代に近くで仕えたとはいえ、優秀なのだろうな。
「私は上様にお会いしてもう一度、唐土の重要性についてご説明しようと思います。唐土に目を向けてもらわないと。皆さま、お願いします」
あれ、これよく考えたらほぼ政変じゃないか。九州閥・徳川閥を評定から一掃し、甲寅会を中心とした評定になる。譜代・旗本閥もいるが、主導するのは甲寅会になるだろう。逆に負ければ甲寅会は一掃されるはずだ。これは大変だ。




