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カモクタイン

―――――1617年10月15日 メナシクル首長館 松前オニビシ――――――

「待たせたな、オニビシ」

人が入ってくる気配がして頭を下げようとしたが、想定していた人物ではなかったため背を伸ばす。はぁ、だれか止めるやつはいなかったのか。

「誰も貴様など待ってはいないわ、カモクタイン」

その態度が気に食わなかったのか、不満そうに鼻を鳴らしながらドカッと座る。

「センタイン殿はどうした」

「首長殿は病でな。俺が代理だ」

「ほう、あの豪勇で知られているセンタイン殿がか。薬でも持ってくればよかったかな」

嘘つけ、どうせシュムクルからの使者になど会いたくないといったのだろう。そんなだからほかの者たちにも日本嫌いが広がってしまうのだ。

「日本の薬など信用できるか。我々の薬でじき良くなる。それより要件は何かな」

「わかっているだろう。幕府からの命令では今年中に農業試験場整備の準備を終わらせるはずだろう。それがまだできていないとはどういうことだ」

「皆、農業などしたことがないからな。時間がかかっているのだ」

「1年もか。メナシクルはずいぶんとのんびりしているな」

報告ではほとんど進んでいないと聞いている。そもそもとしてやる気がないのだろう。

「我らには我らのやり方がある。日本のやり方をここでしようとされても困る」

「ここも日本だ。それにアイヌのやり方で餓死者が出そうだから日本のやり方を取り入れるのだろう」

「不当な値で取引をし、我らを餓死に追い込んでいるのはどこの誰だっ」

俺の言葉にカモクタインが床を強くたたき怒鳴る。

「惟宗が来てからここに商人が多く来るようになった。その時は皆、喜んださ。しかし最初は馬鹿みたいな値で買い叩いてきた」

「しかし惟宗様がとりなしてまっとうな値になった」

「一時的にだ。それに商人もずるがしこい手を使うようになってきた。少しずつ、少しずつ、役人たちに違和感を持たれない程度に値を下げていき、今では当初の値の3割減だ。さらに日本人がここにきて森をいじろうとしている。木を切り倒し、我々が生活の糧としている生き物たちが住む場所をなくそうとしている」

「最初に比べてほかの部族も輸出を強化し始めた。すべての商人が正当な値で取引しているわけではないだろうが、輸出量の増加で値崩れしているという面もある。木を切り倒すのは地震の復興のために必要な木材を調達するためだそうだ。我々にもそれ相応の銭が支払われているだろう」

「一時的に豊かになったところで子は、孫はどうなる。惟宗はもう少し我らを見るべきなのだ。どういう生活をしていて、どういうものを望んでいるのか。お前たちのところも最近は日本人が増えてきているらしいな」

「ここに比べれば日本に近い。当然ながら日本人が増えるだろう。幕府と協力しながらお互いにとって最善の選択を探っている。今回の農業試験場もその一つだ」

数では圧倒的に日本人が多いんだ。それも戦がなくなったことで今まで以上に増えていくだろう。その中でアイヌが生き延びるためには協力していくしかない。

「お前たちは日本に近すぎる。康守が名をもらったと喜んで帰ってきたときは正気を疑ったな。あくまで我々はアイヌだ。日本人じゃない。だから農業だけで生活することはない。俺たちはアイヌの誇りをもって生きていく」

「アイヌとして生きていくのもいい。我々はアイヌだからな。だが、それに固執して餓死するのは違うだろう。生きてこそ誇りは守られるのだ」

「もういい。とにかく農業試験場は時間的にも感情的にも無理だ」

「幕府の命令に逆らうということか」

「そもそも時期的に無理だろう。雪でまともに作業ができない」

「もともと1年前から命令は出ていたのだぞ。役所からもせっつかれていただろう」

だいたい俺が来ているのがおかしいのだ。幕府側からは康守殿がアイヌのまとめ役とみられていて、次期首長の俺にも同様の役割を求めているのはわかるが。

「あんな奴、切り捨てたわ」

「きっ、正気か。幕府と敵対することになるぞ」

「酒を飲んでつい首長殿がな。なに、うまいこと処理しておく」

「そういう問題ではない。ただでさえ、上様の温情で始まった農業試験場計画を遅らせているお前たちに対する心証はかなり悪いのだぞ」

まさか、センタイン殿がここにいないのはそれが理由か。いや、それよりここから無事に帰れるのかわからん。

「安心しろ。無事に帰してやるよ」

考えが表情に出ていたのか、にやにやしながらカモクタインが言う。

「その代わりに条件がある」

「なんだ」

「幕府に対して首長の立場を大名と同等にするよう求める。これが認められない限り、俺たちは幕府との関係を断つ」

「シュムクルはかばえないぞ。我々は幕府に従う」

「好きにすればいい。メナシクルはアイヌの誇りを守る」

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