メナシクル
――――――――1616年10月20日 大坂城 惟宗長康―――――――――
「面を上げよ」
「はっ」
俺に促されて松前康元が顔を上げる。
「久しいな。前にあったのは父上が存命のころだったか」
「はっ。かれこれ20年以上前になります。長らく上様のもとへ参上できず申し訳ございません」
「仕方ない。蝦夷地は大変だからな。それにアイヌ同士でもいろいろあるだろう」
「お気遣いいただきありがとうございます。本日は各部族より献上品の品々を持ってまいりました」
そういうと、後ろに控えていたものが献上品を俺の前に置いた。熊や貂の毛皮に鮭、昆布に鷹の羽か。ん?これはなんだ。
「この服はアイヌの者たちが着ているものなのか」
「いえ。それは山丹人から輸入したものです」
「山丹人との貿易はどうだ。うまくいっているか」
「はい。惟宗様のおかげで日本のものが手に入りやすくなり、貿易の品も増えたおかげで取引も増えました。イシカルンクルも儲けたと喜んでおります」
「康元はシュムクルだったな。自分たちばかり儲けていてはほかの部族に恨まれるだろう」
人というのは自分が恵まれているかどうかを他のものと比べて判断する。たとえ自分たちが暮らすのに問題ないくらいだったとしても、ほかが裕福であれば己を貧しいと考える。完全に皆同じくらいというわけにはいかないだろうが、儲ける機会は平等であるべきだろう。
「ほかの部族もだいたいは儲けているようです。惟宗様が持ち込まれた甘藷とジャガイモのおかげで食うものに余裕が出てきたので、その余裕を使って貿易品を得ることができるようになりました。しかし」
「しかし?」
「メナシクルの者たちは不満を持っているようです。あの者たちは住んでいる場所的に山丹人と貿易するのは難しいので、日本人相手となるのですが」
そこで言いにくそうに言葉を区切る。
「不正を行う輩がいるようです」
「不正か。前に来ていた時も言っていたな」
蝦夷地はここから遠い。それに呂宋や高山国と比べて開発に時間がかかると予想されている。そのせいで人材等が他と比べると不足気味だとは聞いてはいる。
「いま、人事院と言ってすべての部署の監察を行う部署を作っている。それが機能するようになれば少なくとも役人の不正は防げると思う。あとは商人だな。不当な取引には応じないことを徹底させてくれ。九十九であれば適切な取引が行えるはずだ。何かあったら九十九を頼るといい」
あとで高俊に確認をしないとな。
「ありがとうございます。しかし同様の取引はほかの部族でも行われており、必然的にアイヌの品々を売る際は他国から輸入したものに比べると値が劣ります。そのせいでメナシクルはほかの部族と比べると貧しいのです」
「それは・・・難しいな」
不当な取引が行われていなかったとしても、ほかの部族との格差はできるのか。値に色を付けさせることはできなくもないが、それだと他の部族が不満を持つ。
「難しいところだ。不満はかなりなのか」
「今は生活できていますのでそこまで大きいものではありません。しかし不作や飢饉が来ればどうなるか。惟宗様には何らかの支援をお願いしたく」
「しかし特定の部族を優遇するのは無理だ。支援を受ける必要がない部族でも不満が出るだろう」
「もちろんそこは理解しております。しかしこのままでは不満が爆発したときに何が起こるかわかりません。なにとぞ、なにとぞご支援を」
そういって深く頭を下げる。康元は別の部族なのに、頭を下げるとは。できた男だな。こういう者がいる間はアイヌの者たちも安心だろう。
「実はこの間、寒さに強い米ができた。それを蝦夷地で育てることは可能か確認しようと思っていたのだが」
「メナシクルにお任せいただけるのですか」
「そうだ。もちろん実験という側面もあるため、たとえ収穫がなくとも一定期間は年貢を求めることはないし、協力金としていくらか銭を出すことはできる。どうだろうか」
この実験がうまくいけば蝦夷地は不毛の地から一気に豊かな土地に生まれ変わることができるかもしれない。そうなれば高山国や海南諸島に次ぐ移民先の確保につながる。しかしアイヌと協力しなければ米が作れたとしても移民は成功しないだろう。今回の試験はその試金石にもなるはずだ。
「ありがとうございます。しかしアイヌの者たちは農業をほとんどしていません。せいぜい甘藷やジャガイモを育てているぐらいです。実験の側面を持つと先ほどおっしゃっていましたが、素人に任せて大丈夫なのでしょうか」
「なに、こちらからも技術指導の人は送る。これから覚えればいいのだ。アイヌも狩猟だけでは生活できなくなる時もあるだろう。その時に農業を覚えておけば何かと便利だろう」
「かしこまりました。そのようにメナシクルに伝えます。ありがとうございます」
そういってもう一度頭を下げた。




