人事院
――――――――1616年8月16日 浅井家上屋敷 浅井井頼―――――――
「この度はご協力いただきありがとうございます」
そういって鹿之助殿が頭を下げる。
「横領等が想定以上に広がっていたせいで、予定以上に時間がかかってしまいました。甲寅会のご協力なくしてここまでの不正摘発はできなかったでしょう」
「いえ、こちらこそ甲寅会が入り込む隙を作っていただいたことを感謝したいぐらいです。そもそも甲寅会結成も鹿之助殿が言い始めたことですので」
もっと言えば上様が言い始めたことか。派閥争いが起きるのを見越してそれを抑えるために新たな派閥を作らせる。妙なことを考えられる。徳川閥も今回の一斉摘発と家康の死で当分はおとなしくしているだろう。
「しかしひどいものでしたな。命を懸けて戦をしている兵がいる一方でこのような不正が行われているとは」
宗矩殿が渋い顔をしてため息をつかれる。
「今回の調査で陸軍でも一部不正が行われている可能性が出てました。どれも安全な場所に胡坐をかいている馬鹿どもばかり」
「まあまあ、落ちついてください」
水陸軍奉行所と水陸軍はほかの奉行所と違って、少しややこしい。奉行所から軍に、あるいは軍から奉行所に出向していることがある。主に教育局や情報局だな。そのせいで、あるいは監察権を持つ軍務局単独では追求しきれないこともあるそうだ。
「今回は徹底的に膿を出し切ります。水軍にあまり不正がなかったことも奉行・次官をはじめ各方面軍司令官も危機感を持っています」
「水軍主導による水陸軍統合か」
「その通り」
陸軍の中には水軍に吸収されてしまうのではないかと考えている者たちが少ないくないらしい。上様の水軍びいきや財務奉行所の統合による経費削減案。不安に思う材料はいくらでもある。
「しかし不正が多いのはどうにかしないと。戦場で手柄を上げることがほぼできなくなったせいもあるだろう。国家安康が新たないさかいの種を作るとは」
「ここ最近で最も加増されたのは武術大会の優勝者か。特に最初の宮本武蔵。佐々木小次郎との試合を上様はことのほか気に入られて二人とも護衛として近くに置いているくらいだが、逆に言えばそれぐらいしかないというのも今回の問題の遠因か」
「かといって内政で手柄というのは難しいものです。自分たち新撰組のような捜査を行う部署はまだわかりやすい手柄をあげれますが」
「とりあえず不正をすぐに暴いて厳罰に処す。これが一番でしょう」
不正をするのは利益を得るため。危険と利益が釣り合っていなければそのうちなくなるだろう。
「今の人事部や軍務局だけでは不正摘発は難しそうですな。派閥もあって簡単に摘発できない。監察が機能していないのです」
「いっそのこと、すべての奉行所や部署の監察を行う部署を設立したほうがいいのではないでしょうか。奉行所内の派閥や人間関係に左右されない組織を作ることができると思うのですが」
「だが効率が悪くならないでしょうか」
俺の提案に鹿之助殿が疑問を呈する。
「俺は問題ないと思うが。陸軍の監察である憲兵も各師団に配備されているが、所属は憲兵隊となっている。それを文官の間ですればいいのだから何とかなるだろう。それで多少効率が悪くなったとしても不正摘発のためになるならば仕方ない」
不正摘発。多分これは鼬ごっこになってしまうだろうが、対応しなければならない。政を為すは人にありというが、腐った人が集まれば政も腐ってしまう。腐らないよう自浄は怠ってはいけない。もし甲寅会が没落したとしても、残したものがのちの世に役立ってくれるようなものを作りたい。
「その部署は性質上、どの奉行所や補佐官の下にもついてはいけないでしょう」
「新撰組は実態は上様直属ですが、名目上は補佐官の下についています。そのせいで補佐官やほかの部署が口出ししようとしてくることもあります。名目上でも独立した組織であるべきです」
「そういえば会計検査を専門に行う部署を作るべきという意見が出ています。それも上様直属で」
鹿之助殿が思い出したように言った言葉に、俺と宗矩殿が前のめりになる。
「それはどのような」
「奉行所や各郡代、それに大名や幕府直轄の組織の会計の不正がないか調査する部署です。たしか旗本閥が中心となっているとか。しかしそれだけであれば財務奉行所内で部署を作ればいいのではないかという意見があり、うまく調整できていないようです。特に財務奉行所が反対していては到底できないだろうと」
「なるほど。つまりその部署と監察を行う部署を一つにまとめて独立させるということですな」
会計と監察。不正摘発という点においては仕事がかぶる部分がある。財務奉行所も監察にまで口出しするのは無理だろう。
「では次の集まりの際に提案しましょう。その部署の名前は・・・どうしますか」
「井頼殿が決めていただいていいです。陸軍が口出しすべきことではないので」
「新撰組も同じです」
「では・・・人事院としましょう」




