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新撰組

―――――――――1613年7月10日 大坂城 浅井井頼―――――――――

「失礼する」

そういって門をくぐると何かが空を切る音がした。そのほうを見ると10人以上の男が黙って刀をふるっていた。なんだこれ。いや、新撰組は汚職捜査や藩をまたいだ犯罪捜査以外にも他国の忍びや反幕府的な団体の調査・解体も担当している。その最中で武力を行使する必要があるだろうが、なぜ無言でやっているのだ。

「井頼殿」

「うわっ」

突然後ろから声をかけられて思わず声を上げて振り向いてしまった。

「鹿之助殿でしたか」

「はははっ。驚かせてしまいましたか。それは申し訳ない」

そういって軽く頭を下げる。

「いえ、こちらこそ訓練中に大声をあげてしまい申し訳ない」

そういってちらっと訓練の様子を見るが、こちらを機にかける様子もなく刀を振るっている。いらぬ気づかいだったかな。

「あの様子を見るに、この程度で集中力を乱されるような鍛え方はされていないということですかな」

「そうでもないと思いますよ。むしろこちらの会話を一言漏らさず聞いていると思います。ほら、あいつなんてまさにそうだ。しかしそれを悟られるようでは新選組として働けませんよ」

「そういうものですか」

「そういうものです。さ、こちらにどうぞ」

そういって鹿之助殿が建物のほうに歩き始める。



「ささ、まずは茶でも」

部屋に入るとすぐに隊員が南蛮風の茶碗を持って入ってきた。それを俺と鹿之助殿の前に置く。しかし茶碗に入っていた茶は見たことがないものだった。

「鹿之助殿、この黒い液体は」

「おや、使節団として各地を回った際は飲まれなかったのですか。これは珈琲と呼ばれる飲み物らしいですぞ。先日、上様にご報告をした際にいただきました。ま、召し上がられよ」

「では」

鹿之助殿に促されて一口飲む。

「うっ、これは」

「あはは。苦いでしょう。某も上様にやられました」

「鹿之助殿も人が悪い。とても人が飲むものとは思えない」

「上様が飲んでみたいといわれたそうで、総務局の者たちも慌てたようですぞ」

総務局は上様の予定の管理から食事・掃除まで何でもするからな。仕事量が多いのにこんな苦いものを飲みたいなんて言われるのだ。そりゃ慌てただろう。

「失礼します」

そういって先ほど珈琲を持ってきた隊員が小さい壺を持ってきた。今度はなんだ。

「鹿之助殿、それは」

「総務局の苦肉の策です」

そういって匙で壺の中身を取り出す。

「それは砂糖ですか」

「そうです。そしてこれを珈琲に入れる」

そういいながら俺の茶碗に砂糖を入れる。

「苦いものに甘いものを入れるなど安直ですな」

「ですが上様は気に入られました。ま、飲んでみなされ」

上様が?しまった、こんなことを言ったなんて知られたら困るな。そう思いながらまた一口飲む。

「どうです」

「よくわからないですな。先ほどより苦くないですが、うまいかと言われると」

「そんなものでしょう。商人の話ではこれに牛の乳を入れるとおいしいがらい病になるという噂が現地で流れているとか」

「本当なのですか」

「わかりません。今、囚人たちに飲ませて実験をしています」

なんだかさらっと恐ろしいことが言われたような気がするのは気のせいだろうか。


「そろそろ本題に入りませんか」

「それもそうですね。井頼殿も次官としてのお仕事がありましょう。現在、新撰組は外務奉行所の竹中重義人事局長を捜査しています。罪状は横領・収賄です」

「ずいぶん率直に言われるのですね。私が重義局長に味方している可能性があるでしょうに」

「捜査の結果、井頼殿は関係ないと判断しました」

それはありがたい。

「しかし現状としましては逮捕までは難しいです」

「人事局は会計を担当しますからな。横領は特に難しいでしょう」

書類上の改ざんなどお手の物といったところか。

「そこで井頼殿に協力をお願いしたのです」

「無茶を言いますな。わかっておられると思いますが、外務奉行所に限らず度の奉行所でも派閥争いがある。そして重義殿は」

「徳川閥と言われる派閥の中心近くにいると言われている」

「そうです」

徳川は先代様・先々代様が自分を警戒していると判断すると、上様の外戚という立場を利用して徳川に縁がある者たちの後ろ盾になっている。と言ってもそこまで政に口をはさんでいるわけではない。おそらく徳川が改易されないためにそうしたのだろう。しかし派閥の者たちはその結束を利用して自分の邪魔者を排除しようとしたり、今回のように不正を行っている場合がある。それを正そうとすればそれに匹敵する派閥の力を借りる必要が出てくる。だが俺は派閥に所属していない。

「少し勘違いするような言い方になってしまったかもしれませんが、別に井頼殿に内部調査をしてほしいと言っているわけではありません。証拠品のありかはわかっています」

「でしたら強引にでも踏み込んで押収すればいいでしょう」

「それでは芸がないと、上様はお考えです」

「上様が!?」

猶更わからない。

「上様が望まれるのであれば証拠の押収など私の力など借りる必要はないはず」

「上様はあなたに徳川閥をはじめとする様々な派閥を抑えうる派閥を形成してほしいとお考えです」

「なっ」

「上様は派閥争いをある程度、制御したいと考えられています。しかしそれにはちと徳川閥が強い。織田旧臣を雇い始めてからそれは顕著です。もちろん上様が政を行う上で障害になりえるとは思いませんが、いずれはという可能性もあります」

徳川閥は織田の旧臣の後ろ盾になることで大きくなった。そのことを言っているのだろう。

「そのため力をそいで、その隙間に新派閥を割り込ませる。すでに杉村調長殿、柳生宗矩殿、細川興元殿に声をかけさせていただいています。幸いにも各奉行所で不正を行っているものは少なからずいますからな。ほかにも浅井であるあなたを頼る織田旧臣は少なくないのでは」

派閥争いは危険だからできるだけ避けてきたがな。

「どうです。幕政を安定させるため、協力していただけませんか」

了承以外の返事以外は受け付ける気はないくせに。

「わかりました。協力しましょう」

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