東林党
―――――――――1611年5月30日 大坂城 惟宗長康―――――――――
「ふう、疲れた」
「お疲れ様でした」
ため息をつきながら座ると、頼政が頭を下げる。
「公家の相手をするのも大変だな。内貞叔父上たちもよく毎日相手できるよな。俺には無理だ」
「鎮守府大将軍には鎮守府大将軍の苦労があり、関白には関白の苦労がございます」
「だとしても公家の相手は面倒だ。遠回りに、それも真意を隠しながら言ってくるんだよな。あれの相手は帝の践祚と即位の礼の時ぐらいで十分だ」
「念のため、仙洞御所に人を入れております」
「惟宗の娘を入れるのを反対されたのであれば仕方ないだろう」
貞親叔父上の娘の杉を内貞叔父上の養女として東宮に入内させる。最初に聞いたときは、関係強化にちょうどいいんじゃないかなぐらいに軽く考えていたが想像以上に反発があった。そしてその筆頭が帝だった。まさか帝が反対されるとは思わなかった。しかも譲位をとまで言ってきた。
「しかしなぜ反対だからと言って譲位をということになるのだ。譲位をすればむしろ入内を阻むものがなくなってしまうだろう」
「乱世において京を支配するものは当然ながら叡慮をある程度かなえる必要があります。しかし当然ながら意見が対立することもあります。その際に譲位をという話が出てくるのです。譲位にはご存じのようにかなりの費用が掛かります。乱世において多くの費用を使えば敵に隙を見せることになりますし、意見が食い違って帝を譲位させたと外聞もあまりよくありません。しかし譲位をかなえることができなければ天下人としての名を与える朝廷との関係が悪化し、ほかの大名にも侮られます」
「なるほどな。武力を持たないが権威がある朝廷なりの抵抗の仕方だったということか。しかし今では意味ないな」
禁中並公家諸法度では大名の朝廷への献金を禁じられている。譲位をするには幕府の協力なしには行えない。つまり譲位といったところで乱世の時のようにはいかない。むしろ幕府にとって不都合なことを言ってくる帝を譲位させる絶好の機会ということになる。
「新しい帝はどういう方なのだ。内貞叔父上にばかり任せていたからあまり知らないのだが」
「学問は好まれているようです。しかしそれ以上に女を好む人です」
「おいおい、ちゃんと杉は大切にされるのだろうな」
かなり無理をして入内させるというのに。杉が蔑ろにされては叔父上にも悪い。
「おそらく大丈夫かと思います。学問を好まれるのですので」
「だといいのだが。さて、報告を頼む。まずは唐土から」
一条・松殿・洞院の三家がある限り朝廷が反幕府になることはないだろう。俺は俺の仕事をするのみ。
「少しまずいことになっているかもしれませんな。外務奉行所から報告があったかもしれませんが、東林党という勢力が大きくなっています」
「まずいということは、これは情報本部の手が入っていない勢力なのだな」
「左様です。東林党は顧憲成が中心となっている勢力で、東林書院を復興したため東林党と呼ばれています。こういういい方はあれですが、日本に協力している勢力に比べるとまともなことを言っているため勢力を拡大しています」
「排除は可能なのか」
「現状では厳しいかと。万暦帝は政に興味がありませんから鶴の一声は期待できません。そして現状に不満を持つものはどのような状況でも少なからずいるものです。それらが東林党に迎合すれば」
「ちとまずいことになるか。殺せないのか、その顧憲成とかいうのは」
「殺したところで弟なりほかのものなりが継ぐでしょう。むしろ暗殺を理由にこちらに味方する勢力を排除せんとするかもしれません」
「派閥同士の争いというのは面倒だな。特に主人が無能であればそれが顕著だ」
もっとも派閥争いという意味では幕府内でも少しずつだが行われているみたいだがな。まあ、幕府が進むべき方向性について争うのであればいいんだがな。唐土みたいに出世のための争いをするようではだめだ。
「現状では推移が不透明ですので、今後に備えて宦官などに接触を図っています。今の勢力が東林党に負けたとしてもそれらを通じてすぐに問題ない状況にして見せます」
「頼んだぞ。それからいちおう幕府内の派閥争いがどうなっているか調べておいてくれないか。明のようになってはかなわん」
「かしこまりました」
「次は・・・英蘭と阿蘭陀に人を送り込めるかって話はどうなった」
阿蘭陀の船は去年の年末に来た。高虎の話では向こうもかなり乗り気だったらしい。これから何事もなく取引が増えていけばいいのだが、イスパニアの時みたいに日本人が奴隷として輸出されては困る。何人か英蘭や阿蘭陀に人を置いておきたいんだが。
「すぐには無理でしょう。明とは違って距離もありますし、顔立ちも違います。リーフデ号事件で残った船員やユダヤ人に協力してもらうことになりますが、信頼性等の問題で10年単位で時間がかかるかと」
「そうか。現地人の協力者も作らねばならんからな。時間はかかるか。仕方ないな、多少予算がかかるようでも問題ない。頼んだぞ」
「はっ」
呂宋を手に入れたことで防諜が大変になるだろう。まだ一部では抵抗を続けている者もいるし、今はこちらに従っていても内心はどう思っているかわからない輩もいる。情報本部も人手が足りなくなることもあるかもしれん。そのあたりを俺がどうにかしないとな。




