派閥
―――――――――1610年2月10日 大坂城 永原一照―――――――――
「これで畿内で最も不安要素だった筒井はいなくなりましたな」
「ほぼ自滅だったがな。逆に我々の考えが正しかったという根拠にもなるだろう」
長安殿の言葉に三成殿が同意する。しかしなぜだろうな。こうしているととくに悪いことをしているわけではないのに悪いことをしているみたいに見えてしまうのは。一応今後の幕府の方針について奉行所を超えて話し合ってみようというものが始まりだったのだが。もっともそのせいで派閥のようなものができてしまったのだがな。
「だいたい大大名など幕府にとって不必要なのだ。特に筒井のような畿内の、それも大和のような歴史ある寺社ばかりの土地は幕府が直接治めるべきなのだ」
「左様ですな。大和はその気になれば大坂に一気に攻め込めます。大局的に見れば少なくとも畿内から国持大名はいなくなったほうが戦力も有効に使えます」
となると次は赤井を考えているのか。
「畿内だけでなく有力な湊をもつ地域なども幕府が抑えるべきです」
「長安殿の言う通り。越後や坊津なども抑えるべきです。現状ではかなり厳しいでしょうが」
「上杉は法務奉行所の次官、島津は外務奉行所の次官。ここを巻き込むとなると権力争いで幕府が混乱しかねないでしょう」
「一照殿の言う通りですな。しかし大大名で派閥にかかわっていないといえば筒井ぐらいのものでした。後の大大名を潰すのは・・・」
まず現状では難しいだろうな。少なくとも数十年かけて大大名を幕政から外していく必要がある。そして失敗を見つけて混乱なくつぶさねばならん。混乱が起きればそれを理由に大大名の改易に二の足を踏むようになってしまうかもしれない。
「大大名の派閥はそう簡単に崩せないだろう。それ以外の派閥も邪魔してくるだろうし」
幕府内では最近、いくつかの派閥ができている。譜代とその取り巻きの派閥、九州閥、山陰・山陽閥、我らのような浪人出身の派閥、各大名に近しい者たちで形成されている派閥。
「派閥、派閥、派閥。それを形成している我らが言うのもなんだが、派閥などないほうがいいのだ。しかし大名たちは己に火の粉が降りかからないよう出世して近しい者たちを要職につける」
「毛利や上杉、島津ですな。特に島津は兄弟で藩を作っているから人脈が広い」
「まだそのあたりのほうがましだ。出世さえ阻止できれば勝手に弱体化する。所詮は出世のための派閥、己の政策実現のための派閥だ。利用できなければ鞍替えをする。問題は徳川だ」
徳川閥はかなり厄介なのだ。
「自分に近しい者たちを要職に就くよう働きかけはするが、自分は決して要職に就こうとはしない。そのせいで排除もかなり難しいです」
「一照度の言う通り。何とかして徳川の影響力は排除しないといけないのだが、これが難しい。それに対抗できるのは毛利殿の派閥ぐらいか」
「山陰・山陽は婚姻関係でうまくつながっているからな。しかし盟主である輝元殿はそこまで対立しようという気はない。譜代閥と手を組めば徳川を抑えれるとみているからだ」
「そんなことできると思っているのか。譜代は譜代で結局は譜代が政の中心となると考えている。情報本部は派閥にかかわる気はないみたいだが、上様に直接かかわることができる。補佐官もその気になれば上様の代理人になんてこともできないわけではない」
結局は幕府の主導をだれが握るか、そこにかかっているのだ。今のところは上様が指導力をもってうまく政を行っているが、人の命はどうなるかわからないものだ。それに次の代はどうなるかわからない。次が大丈夫でもその次は。それに備えるためにも優秀な人材を幕府に集める必要がある。そのためには全体の数を増やす、つまり大名が抱える家臣団を直臣として優秀な人材を探し出すのだ。もっとも長安殿あたりは出世しか考えていないだろう。ほかの派閥のものには徳川閥にも通じていると思われている。
「とりあえず我らはしっかりと失敗しないよう仕事をしていけばいいのです。奉行所同士の争いもありますしな」
「そのような悠長なことを言っていていいのだろうか。そうしている間にも徳川は」
「初代様はすべてをお一人で決められました。先代様は半分を自ら決められました。さて、上様はどうでしょう」
「決められることは少ない。しかしそれは時代によって変わってしかるべきだろう。我ら奉行・次官は失敗すれば自分で責任を取って辞めるが、上様はそういうわけにはいかない。初代様や先代様の時代とは違うのだ。方向性さえお示しいただければあとは奉行・次官らが細かく決めていく。そういう意味では少なくとも問題ない」
「そういう意味では呂宋攻めがうまくいっているのは素晴らしいことですな。上様が将軍になられて最初に行われた大きな事業です。失敗すれば幕府の信頼性にかかわってしまいます」
「あとは作業といっていいほど楽なものです。山奥で抵抗をする勢力を潰せば戦は終わり。むしろ大事なのはこれからです」
「開墾し、発展させ、貿易を行う。長期的に行わねばならない。その成功のためにも大大名をなくし、資源を有効活用するべきなのだ。貞勝殿が味方していただいている今こそ行うべきなのだ」
三成殿が手を握りしめながら力説される。言っていることはわかるんだがもう少し長期的な目で見ることはできないのかな。しかしなぜかこの人の周りには人が集まるんだよな。不思議なことだ。自分もその一人なのだから何とも言えないのだが。
「とりあえず次は赤井ですな。御屋形様とご相談しなければ」




