東インド会社
――――――1602年6月24日 大坂城 ウィリアム・アダムス――――――
「正直なところ、オランダがここと交易するにはまだ時間がかかると俺はみている」
「だろうな」
ヤン・ヨーステンの言葉にはかなり残念そうな色が見えたが仕方ないだろう。あと数年遅ければもっと早くできたはずだ。しかしこのようなことを聞かれたら利用価値がないと判断されていま払われている給料が減らされる、ないしなくなる可能性がある。そのため、ヤン・ヨーステンと話すときは基本的にオランダ語で話をするようにしている。
「イングランドは使節が本国に行ったらしいからあと3年もすれば何とかなるだろう」
「東インド会社もあるしな。こっちもイングランドと同じように東インド会社を設立した。しかしまだできたばかりでここに船を出す余裕がまだない。そもそもあっても極東まで船を出すかどうか」
「イスパニアがこことの交易を独占しているからな」
「そうだ。そう簡単に入り込めるとは思えん。イスパニアも日本人が持ってくるチャイナの品々を本国に持って行って他国に売るだけで莫大な利益がある。抵抗はしてくるだろう。それより南方の島々を植民地にするはずだ」
「それがそうでもないみたいだぞ」
「どういうことだ」
どうやら話を聞いていないようなのか、怪訝そうな表情をしてこちらを見てくる。
「新しいオヤカタ様はイスパニアを敵視しているみたいだ。そこに日本人誘拐の可能性が出てきたことで戦争を決意したとか」
「戦争って言ったって、有色人種が白人に勝てるわけがないだろう」
「いや、そうでもないだろう。兵力差や本国との距離を考えればむしろ日本が勝つ可能性の方が高い。この国の軍隊の様子を見たことがあるか」
「いや、まだだが」
だからあんなことを言ったのか。
「はっきり言って、新大陸にいたこれまでの有色人種と一緒にするのは間違いだ。下手をしなくても鉄砲の数ではこちらが負けている。大砲もかなりの数がそろっていた。海軍も本国との距離を考えれば確実に負ける」
あればヨーロッパにあったとしても十分に戦えるだけの力は持っていると考えていいはずだ。陸海軍共に質・量では同等だ。
「そしてこの戦争は我々に対しての警告でもある」
「警告?これから交易をしようという相手にか」
「たとえ肌の色が違っていたとしてもこちらを格下に見たり約束を違えるようなことがあれば、こういうことになるのだというのを実践するつもりだ。その認識を本国と共有しておかなければ」
「仮に警告だったとしても本国が本気を出せば勝てるだろう。大した問題でもない」
「正気か。日本を敵に回せばすぐに極東政策は失敗するぞ。ただでさえオランダはイスパニアから香辛料貿易を奪い取ろうとしているというのに」
ここでイスパニアに加えて日本を敵にしたら確実に失敗するぞ。
「なにも敵対しようとは思っていない。ただイスパニアがルソンにしたように、オランダが日本を押さえることができたらオランダは世界で一番偉大な国になれる。香辛料貿易に対明貿易。そして本国の技術力があれば」
「イングランドは巻き込まれたくない。少なくとも日本との協力体制を崩すことはないだろうし、それを本国に徹底させる」
「好きにすればいい。所詮、オランダとイングランドはルソンからイスパニアが排除された後の香辛料貿易を奪い合う敵でしかない」
確かにそうだが・・・まあ、オランダ本国としてもそう軽々しく行動に出ることはないだろう。当分は様子を見よう。少なくとも日本との貿易には乗り気のようだし。問題は貿易が始まってからだな。
「ま、イスパニアと日本との戦争を見てからまた考えよう。日本と敵対するのはよくないと報告した直後に日本が負けたら我々が馬鹿にされるだけ。本国も戦争の様子を知りたいだろうし」
「止められなければだけど」
「何で止められるんだ」
「我々はオヤカタ様に仕える身だぞ。そう簡単に国の機密である軍事情報を流していいわけがない」
若いとはいえ、あのオヤカタ様は情報の価値をわかっている。多分この時も監視を受けているはずだ。だいたいイスパニアを信用していないのにたまたま遭難しただけのわれらを信用しているわけがない。我らが今しなければならないとことは本国との貿易を成功させて信頼を得ること。
「あくまで俺の所属はオランダ。この国に雇われているが最優先は本国の利益」
「雇われた以上、雇い主の利益を最優先するのが道理だろう。本国の利益はその中で求めるべきだ」
「俺はあんたとは違う。本国の状況を含めてな。本国はイスパニアとの戦争に何としてでも勝たないといけない」
「そう思うなら好きにすればいい。だがお前が俺の邪魔をするようなら潰す」
「どうせ本国同士がアジアをめぐって争うのは目に見えている。勝つのはオランダだ」




