増税
―――――――――1599年9月20日 大坂城 惟宗長康―――――――――
「御屋形様、失礼します」
そう言って頼政が入ってきた。
「若様もおられましたか」
「長康もそろそろ家督を継ぐ準備をしておいた方がいいと思ってな。熊次郎があと数年もすれば元服だ。それと同じくらいに家督を譲ろうと思っている」
「左様でしたか。若様、おめでとうございます」
頼政はこちらの方を見て頭を下げる。
「やめてくれ。まだ家督を継いだわけではないのだ。それは家督を継いだ時にまた言ってくれ」
「はっ。では報告をさせていただきます。まずは佐竹義宣の評判等ですが」
「ちょ、父上。まさか」
「ん?婿殿の評判を調べようと思うのは当然だろう」
何を言っているんだと言わんばかりの父上の表情に溜息が出そうになる。
「忍びをそんな私的なものに使わないでください」
「まあまあ、それより評判はどうだった」
「なかなかの律義者との評判です。松姫様が嫁がれましたらきっと大切にされることでしょう」
いちおう、義理の弟になるのだから評判は気になってはいた。義宣は俺が家督を継げば親族として近くから政の中で手助けしてくれることになるだろう。ろくでもない輩や野心で太平の世を乱さんとする輩であれば面倒だ。
「おぉ、そうかそうか。では隠居前に最後の仕事はそれかな」
「まだ松姫様は結婚には早いかと」
「では長生きせんとな」
「左様ですな。それともう一つ頼まれていました件ですが」
「もう一つ?」
何かこの時期にわざわざ頼むようなことはあっただろうか。それともまた父上が私的な理由で。
「あぁ、滅んだ大名の遺臣の身辺調査の件か」
「遺臣の?」
「そうだ。これから太平の世を維持していくためには優秀なものが多く必要だろう。それでめぼしいものを総務奉行所に纏めさせた。そこで上がった者たちが信用できるか調べさせていたのだ。もっとも、忍びたちだけでは無理だっただろうから警察にも協力させた」
「その調査報告書がこちらになります」
そういってそばにあった紙の束を渡す。それを受け取るとさっと目を通される。
「それでどうだった。今回の警察とともに行動したのは」
「優秀なものが選ばれたようでしたので、お互いになかなか良い刺激を受けたようです」
「そうか。ではあの件も進めて問題ないな」
「はい」
「あの件?」
また俺の知らないところでいろいろやっているな。
「あの件とは」
「ん?言っていなかったか。いかんな、隠居するときに引継ぎが面倒なことになりそうだ」
「だったら早く教えてください」
「忍びたちの情報をもっと効率的に使うために忍びを各奉行所に配置することになってな。まず警察と忍びの合同組織。これは汚職や複数の藩をまたいだ犯罪の捜査、国内の反幕府的な団体の監視、他国の忍びの監視・殺害などを行う。これは警察やほかの奉行所から独立した将軍直轄の組織として運用しようと思っている。名前は新撰組だ」
祖父様が関所を廃止したことで罪を犯したものがほかの藩に逃げることもあった。こういう時は幕府が仲介して罪人を引き渡させていたが、逃げた罪人がその藩でまた犯罪を犯すこともあった。そういう時はかなり苦労していた。それを解消するためのものでもあるのか。
「それから水陸軍奉行所に各国や各藩の軍事力を調べる局を設置する。専門知識を持ったものが調べた方が情報を使う側もやりやすいだろうからな。それと忍びを育てる教育機関を文部奉行所に設置する。残りはそのままだ」
「すでに人選の方はすませております」
残りはそのまま。つまり暗殺をする可能性が高い仕事は残しておくということか。さすがに人命にかかわることはのちの世の権力争いで利用されないようにしたいのだろう。新撰組も利用しようと思えばいくらでも利用できる。
「それでほかに報告はあるか」
「唐土の方で厄介ごとが。明が増税を検討しているとのことです」
「増税?ということは澳門も」
「はい」
厄介だな。増税されれば交易にも支障が出る。ただでさえこれから使節たちが新しい交易相手を連れてきてくれるだろうという時に。
「理由は」
「播州の反乱を鎮圧するためです」
「あれまだ続いていたのか」
理由を聞いた父上は呆れたように言う。
「たしか人質になっていた息子を殺したな」
「はい。楊応龍側は15万ほどと報告されているようです」
「唐土は人が多いな。増税の件は潰せるか」
「できないことはありませんが、やめておいたほうがよろしいかと。増税せずに鎮圧に失敗すれば協力者が失脚する可能性があります。そうなれば今後の諜報活動に影響が出るかと」
諜報活動か税金か。迷うところだな。
「何か良い案はあるか」
「でしたら澳門への増税は認めましょう。そして交易の拠点を移します。そこの税はそのままということにすれば問題ないかと」
「新しい交易の拠点の候補は」
「広州・香港と言ったところでしょうか。特に香港は天然の良港となっております。その程度であれば賄賂を贈れば十分でしょう」
そういうものなのだろうか。しかしそれで問題ないならそれでいいか。
「ではそれで動いてくれ。組織改造で忙しいだろうが、国外で異変があればお前たちが頼りだ」
「はっ。では失礼いたします」
「父上、俺も仕事があるので失礼します」
そう言って一礼してふすまを開ける。さて、この後は・・・
「うっ」
うめき声がして何かが倒れる音がした。後ろを振り返ると父上が胸をつかみながら苦しそうに倒れていた。
「父上っ」
「御屋形様っ。だれか、誰かおらんか。医者を呼べ、誰かっ」




