天竺
―――――――――1599年4月10日 ゴア 浅井井頼――――――――――
「ほー、これが天竺かあ」
「宗広殿、好き勝手行動しないでください」
放っておけばふらふらっと動き回りそうな宗広殿を制しながら街の様子を見る。
「教会との交渉には切支丹の方が何かと都合がいいとはいえ、二手に分かれましたけど大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ、宗矩殿。教会側には切支丹の興元殿、商人の直文殿、副代表の調長殿が行っています。心配があるとすれば教会の絵が見たいといった長信殿ぐらいですかね」
あれはどうも、やっと南蛮の絵が見れると言って興奮していた。若干不安が残る人選だが、御屋形様の命が南蛮の絵の技術を取得することだ。南蛮の絵を見ないわけにはいかないだろう。
「それもそうですな。しかし大きな町だ」
「ここはイスパニア本国を除いた領地の中で最も栄えている場所のようです。まるで大坂のようですね」
「さすが天竺といったところでしょうか。それでも南蛮人が訪れる前はこれほどまで栄えていなかったでしょう」
そう言われて周りを見る。確かにキリスト教の建物や南蛮風の建物が多い。おそらく南蛮人が建てたものだろう。
「確かに。教会をちらっと見ましたがかなりでかかったです。いや、あれはここが栄えているというよりキリスト教がそれだけ権威を持っているということでしょうか」
「ここは仏教が生まれた地だというのにキリスト教が幅を利かせている。日ノ本でこのようなことがあれば・・・あれを見てください」
そう言って宗矩殿が前の方を歩いている集団を指さす。そこを歩いているのは肌の白い南蛮人が二人、その後ろに天竺出身と思われる者が数名、そのまた後ろに肌の黒いものが数名。格好から見て天竺人と肌の黒いものは南蛮人の奴隷だろう。
「ここが日ノ本であれが日ノ本の者だったらと思うと・・・嫌なものです」
「ですな。ああなるとすれば真っ先になりそうな私ら庶民としては気が気でありません」
あちこちを見ていた宗広殿が話に加わる。確かにこの中で一番危機感を持っているとすれば宗広殿だろうな。この間見つけた日ノ本の民の奴隷の話を聞くと、もともとは父親が長崎の方で商人をしていたらしい。それが商売で失敗してしまい、あれよあれよという間に奴隷として連れてこられる羽目になったとか。話を聞く限り、南蛮商人の他に日ノ本の商人も関わっているとみていいだろう。
「感情的な問題もありますが、日ノ本では先代様が新たに奴隷を作ることを禁じられました。その法を犯すようなことをされれば幕府の顔に泥を塗るようなもの。陸軍としても他の奉行所とともに日ノ本から奴隷をなくして開墾や兵力に当てようという計画がある中でそのようなことをされれば」
「あいかわらずいろいろ情報が出てきますな」
「これは先代様も計画していたようですぞ。ただ長期間になると判断されて御存命中に実行されませんでしたが」
さすがの先代様も奴隷廃止は簡単ではないと思われていたのだろう。しかし奴隷といって酷使し、すぐに潰してしまうのは長期的に見て効率的とは言えない。奴隷の中に優秀な技術者などがいる可能性もあるしな。
「御屋形様はこの間の件をどう対応されるのだろうか」
「外務奉行所に籍を置くものとしては、交渉でまずは取り戻そうとすると予想します。いちおう大事な交易相手でもありますから。それでもだめなら何とも言えません。我らの成果次第といったところでしょう」
我らがイスパニアに代わる新しい交易相手を見つけてくることができれば、武力を背景とした交渉も武力を用いて取り戻すこともできる。しかし出来なければ交易を盾にした交渉しかできない。それだって交渉次第ではこちらにも損害が出る。御屋形様や奉行・次官たちが数十人、数百人のためにそのような選択をするとは思えない。
「では頑張らないといけませんね」
「そうです。我らの結果次第で国の行方が変わるのですから」
責任が重い。もし失敗したら国許の家臣たちにも苦労をかけるな。浅井の家臣だけでなくほかの使節たちの家臣や家族にも迷惑をかける。
「代表、宗矩殿、宗広殿」
声が聞こえて後ろを振り返ると教会と交渉していた3人がこちらに手を振りながら歩いてきた。
「ここにいましたか」
「ちょっと街の様子を見たいと思いまして。教会の方は?」
「とりあえずほかの国を回っている間に準備を整えてもらえるようになりました。向こうにつけば教皇と会えることにはなりました」
「ありがとうございます」
興元殿の言葉に思わず安堵の溜息が出る。今回の最大の難関をなんとか変えることができた。
「何か条件をつけられませんでしたか」
「宣教師が再び日ノ本に入れるようにしてほしいと。しかし奴隷の件を持ち出して黙らせておきました。禁教にされたくなかったら取り次げと、宣教師の件は我々が日ノ本に戻ってからだと」
「完璧です。イスパニアの宣教師が来るとすれば、日ノ本のキリスト教の主導権を取れないくらいに組織ができてからでしょう」
ま、御屋形様もこれ以上奴隷を増やさないよう宣教師を入れることはないだろう。これで心配事の一つがなくなってよかった。
「ではまた報告書としてそのことを知らせておきましょう。これで帰ったら禁教なんてことになっていては我らの成果がつぶれてしまいかねませんからね」




