散々な正月
――――――――1598年1月1日 セレベス海上 浅井井頼――――――――
「大筒放てっ。撃って撃って撃ちまくれ」
「者ども、水軍にいいところを取られるな。船に上がってきた蛮族どもをことごとく討ち果たせ」
興元殿と宗矩殿が大声をあげながら手近の海賊を切りつける。まったく、これまで順調だったというのにここで海賊か。
「はははっ。知っていましたか。この辺りでは海賊など珍しくないらしいですよ」
「ひえっ。血がっ。何で珍しくないんですか、直文殿」
「それはですな、長信殿。蘇祿という国が奴隷を売っていましてな。しかし同じ宗教を信じているものは売れない。そこで奴隷として売るためここを通る他国の船を襲っているのです」
「直文殿、よく知っていましたな」
正直、もっと小さい規模だと思っていたんだけどな。私はここで死ぬのかだろうか。くそっ、どうせならルソンを治めるイスパニアの領主のあの傲慢そのものの態度や、マギンダナオの軍事力を伝える手紙を出せばよかった。日ノ本へ無事に帰ることができたら、このことも含めたしっかりとご報告しないとな。
「これでも手前は他国での商売を行っている株式会社九十九に所属しているのですよ。この辺りを通る日ノ本の船の多くは九十九の傭兵が守っているのです」
「なるほど。道理で。しかし宗矩殿は妙に生き生きしていますな。あの人は活人剣とか言っていたような」
船の上では結構暇だから、お互いができることをお互いに教え合うということをしていた。宗矩殿には当然ながら剣術を教えてもらっていた。その時に太平の世の剣術と言っていたはずなんだけど。
「一人の悪に依りて万人苦しむ事あり。しかるに、一人の悪をころして万人をいかす。宗矩殿が剣をふるうに値する状況ということでしょう。しかし中隊長自ら剣をふるうとなるとちょっとまずいですね」
「まったくですな」
「いや、軽い軽い。お二人とももう少し慌てましょうよ」
少しのんきに聞こえたのか長信殿が抗議の声をあげる。
「井頼様っ」
護衛が手いっぱいになったのか、海賊が3人こちらに向かってくる。一人につき一人・・・とは言えないよな。1人は絵師、もう1人は商人。調長殿がここにいてくれたらまだ何とかなっただろうに。
「ええい、やるしかない」
宗矩殿の指導を思い出せ。あれに比べれば敵は弱い。いけるぞ。
先頭を走る海賊が間合いに入ってきた。先手必勝、すぐに切りかかる。しかし簡単に防がれた。残りの二人はすぐに横を通り過ぎて長信殿たちの方に行く。まずいっ、御屋形様より皆を守るのが仕事だと言われていたのに。
「ふんっ」
ダンっ
直文殿の声と銃声とともに後ろで人が倒れる音がした。それを見ていたであろう海賊に少し動揺が見える。その隙に切り捨てる。
「お二人とも、大丈夫ですか」
そう言って後ろを見ると、長信殿は海賊の死体の横に頭を抱えて蹲っていたが、その後ろに調長殿が短筒を構えていた。そして直文殿は刀についた血を払いながら周りを見ていた。その足元には袈裟斬りにされた死体が転がっている。調長殿と直文殿が殺したのか。調長殿はこちらの様子を見て駆けつけてくださったのだろうが、まさか直文殿が斬ったのか。宗矩殿の剣術指南にもあまりまじめに参加していなかったのに。
「大丈夫ですよ。いやはや、敵が雑魚で助かりました」
「へっ、助かった・・・ぎゃ、死体っ」
とりあえず怪我はなさそうだな。よかった、船上では大した治療もできないだろうからな。
「直文殿」
「はい。なんでしょう、調長様」
「先程の腕前、とても商人のそれとは思えないのだが」
「へえ、手前の父は武士にございましたので」
「なぜ隠していた」
なんで今そのような揉めそうな話を。それより海賊を追い払う方が。
「隠していたわけでは・・・ないという訳ではないですな。単純に元武士という出生は商売に邪魔ですから」
「そうか、ならそのようなところにいないで戦え。いまはそんな余裕があると思えん」
「へい。かしこまりました」
「それから」
そう言いながら短筒に弾を込め反対の方に歩いていく。
「代表、これが終わったら酒盛りでもしませんか。直文は酒は頼んでいいな」
「それは献上品の中に酒は大量にありますが・・・よろしいので」
そう言いながら直文殿がこちらを見る。
「散々な正月、最後ぐらい羽目を外しても怒られないでしょう。派手にしましょう」
「では気張らないといけませんな」
「いや、この血の中酒を飲める気がしないのですが」
「いやいや、九十九の酒はそんなことで飲めなくなるような品ではありませんよ」




