不安
――――――――1597年11月30日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「そうか。井頼がそのようなことを」
叔父上からの報告を聞いて思わず溜息が出そうになった。
「言われてみれば父上が亡くなってから次官にした外様は大久保長安ぐらいだな」
あれはちと人格に問題があるような気がするが、なかなか優秀だから次官にした。あれに相当する者はそう簡単に出てこないだろうな。
「恐らくそう言った考えの者は若い者を中心に少なからずいると考えられます。それが諦観に向かえばよいのですが」
「いっそ謀反を起こして天下をなんて考えるような輩が出てきかねないと」
「あくまで可能性の話です」
たしかに、ここ最近は日ノ本で戦は起きていない。そのせいか若い者の中に戦に対してある種の憧れのようなものを持つ者がいるらしい。父や祖父が自慢げに話していた戦場での自慢話、出世も難しいのではないかという現実、そういったものが戦を求めるようになるかもしれない。かくいう長康も戦にあこがれを持つ若者の一人ではないか。
「また諦観に向かったとしても、それはそれで問題でしょう。やる気が無い者が仕事の場にいても邪魔なだけですし、優秀なものが出世に対して意欲を持てないのは幕府全体の質の低下につながりかねません」
「確かにそうだな。しかしそう簡単に解決する問題でもないだろう。外様だからと言って重用するのは違うだろうし、そもそも奉行・次官で隠居しそうなものはいないしな」
「奉行・次官でなくとも局長級であれば誰かしらいるのでは」
「そのあたりまでなると俺もあまり把握していないところがあるからな。後で担当の者に提出させるか」
しかしそれでも父上が亡くなった前後で隠居したり亡くなったりしたりしたんだよな。そのせいで隠居しそうなのがいないんだよな。
「それに別に大名の数を減らさないなんて決定はしていないし、その予定もない。なんだったら減らす可能性が高い。そのなかで不安を減らすというのは難しいな」
「左様ですな」
「とりあえず無事に戻って来れたら井頼たちには出世と加増をしないとな。さすがにあれほどの危険な旅に出ておいて何もなしというのはいかんだろう」
井頼は総合外交政策局に行かせるか。あそこはあらゆる国の情報をもとに外交政策を決めるいわば、外務奉行所の参謀本部だ。今回の経験が生かされるだろう。宗矩と第一中隊には憲兵隊に異動してもらおう。一定期間陸軍から離れていたから、人付き合いとかで遠慮といったものが生じることもないだろう。調長は特許局内で課長職に付けよう。興元は第3戦隊司令官にしよう。階級も少将にするか。長信は幕府お抱えの絵師として雇おう。もちろんそれ相応の設備を整えてだ。南蛮の町の絵をかいてもらわないとな。宗広はどうしよう。俺が隠居した時の城を建てる時に頼むか。直文は持ち帰るであろう奴隷の値に色をつけてやるか。あとは九十九の方でなんとかしてもらおう。
「ではそのような噂をすでに流しておきますか。そうすれば少なからず出世の可能性が見えるのですから」
「そうだな。頼めるか?」
「かしこまりました」
しかしそれだけではあまり効果はないだろうな。なにか出世をしてやろうという気になるような、謀反より出世の方が効率がいいと思わせるようなことがないと。
「出世をすれば利益がある、そういう流れに持っていければいいのだが。かと言って賄賂目当てに出世されてもな。賄賂は禁じておるし」
「役に応じて銭をあげるというのはいかがでしょう。出世すればそれも上がり、退いて隠居すればそれはなくなる。そうすれば銭を得るために出世を目指すものが現れるでしょう」
「なるほど、悪くないな。次の評定で提案してみるか。他にも何か案を持ったものがあるかもしれん。それこそ局長以下のものにも。なにか意見を匿名で書いてそれを入れる箱のようなものを城内に置かないか」
「すぐに手配しましょう」
「すまんな、叔父上も忙しいだろうに」
歳を考えればいつ隠居してもおかしくないだろうに。
「隠居して孫達の相手をしたいんじゃないか」
「それも悪くないですが、兄上に幕府を守れと命じられましたので。体が動く限りは現役です」
「そうか。すまんな」
叔父上の言葉にもう一度謝る。父上に比べたら頼りない当主だろう。もし父上が生きていたらこのようなことをせずとも、出世はあると思わせることができたはず。
「それに来年は若様の結婚がありますからな。のんびりなどできません」
「それもお前に任せていたな。地震のせいで延期になってしまったが、公武の棟梁になるための一歩だ。内貞と共に頼む」
「はっ。実は私の結婚は兄上が取り仕切ってくれまして。それを思うと感慨深いものです。精一杯努めさせていただきます」




