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不審

――――――――1596年12月20日 大坂城 惟宗貞康―――――――――

「そうか、人質の暗殺の方は問題なく済んだか」

頼政から受け取った報告書を見て呟く。唐土の方はうまくいっているようだな。

「はい、6月に入る前に。これで楊応龍の態度は硬化、贖罪金の支払いを拒否しました。さらに敵対勢力に対する攻撃を再開、明と楊応龍の関係悪化は避けられないものかと」

父上は唐土に干渉することは考えなかったのだろうか。少なくとも把握している限りでは情報収集こそしていたようだが、何かしらの干渉は避けられていた。まだ国内が安定していない状況で下手な手を打つことを恐れられたか。いや、あの父上がそんなわけないか。あと十年だけでも長生きされていたら本格的に動き出すつもりだったのだろう。歳を考えれば無理な願いという訳でもない話だが・・・考えても詮無きことだな。叔父上も父上の真似をする必要はないといつか言っていた。

「楊応龍への支援は明に露見していないだろうな。ばれたらこの企みは無駄どころか虎の尾を踏んだことになるぞ」

「問題ございません。朝鮮の適当な商人に銭を握らせて満州に運び、女真族を通じて楊応龍に売っています。仮にばれたとしてもせいぜい女真族が運んでいると分かる程度でしょう。その前に明の協力者に揉み消させます」

「そうか」

協力者についてはあまり詳しくは聞いていないが、それなりに高い地位にいるようだな。

「女真族の方はちゃんと手綱は握れているだろうな」

「問題ありません。当分は女真族統一のために戦を続けるでしょう。そしてその戦を続けるための武器はこちらが用意しています」

「それならいい。万暦帝は相変わらずなのか」

「はい。あいかわらず銭を無駄に使っています」

万暦帝はいったい何がしたいのだろうな。朝鮮とは違って頑張れば傀儡にならずに権力をふるうこともできるだろうに。本当に幼少の頃は英邁と評判だったのか。ただのお世辞か。

「次にルソンのイスパニアだが、頼房から難破した船員たちが妙なことを言っていたと聞いたぞ。イスパニアは強大で日ノ本などすぐに攻め滅ぼせると。あり得ないことだが、そのような動きがあるわけではないよな」

「ありません。おそらく自分たちが殺されるかもしれないと思い、幕府に対して強気に出るためにそのようなことを言い始めたのでしょう」

「だろうな。頼房もそう分析していた。分かった、引き続き唐土の工作は慎重に行え。それから次期皇帝の人柄が知りたい。次の報告ではそのあたりも詳しく頼む」

「かしこまりました。では失礼します」

そう言って頼政は一礼すると将棋の間から出ていった。

「さて、さっきから全く手が動いていないぞ。せめて話をしている間に何かしらの手は考えたのだろうな」

「父上、私にはわかりません。唐土でしていることも、イスパニアへの対応も」

そう言いながら頼政との会話中に石になったように固まっていた長康が駒を動かす。

「なぜ明の国力を下げるようなことをするのですか、なぜ女真族に手を貸すのですか、なぜイスパニアは攻めてこないと言えるのですか」

「まずは明の国力を下げるようなことをする理由は簡単だ。この国を守るためだ。明が国内に問題を抱えている限り日ノ本に手を出そうという考えは起こさないだろう。それに反乱を制圧したとしても財政面ではかなり厳しいことになり、日ノ本との交易に税収の多くを依存することになる。外交でもそれをちらつかせれば少しは有利に働くだろう」

「唐土を征服するわけではないのですか」

「するわけがないだろう」

まさかそのようなことを考えたことがあるのだろうか。

「兵の数でも地の利でも負けている。武器の質では勝っているかもしれないがよほどの差がついていない限り兵力差は覆せん。それに唐土は広い。戦に勝てば勝つほど兵站の維持が難しくなる。何より言葉が通じない。制圧しても土地を治めるのは困難だろう。イスパニアが攻めてこないと判断したのもこれと似ているな」

「ルソンは高山国のすぐそばですが」

「ルソンに兵が多くいるわけではない。兵の大半はイスパニア本国だ。それをどうやって連れてくるつもりだ。仮に連れてこれてもどうやって兵站を維持する。言葉は、近隣の敵国は。どう考えたって無理なのだ」

技術の発達でそれらが解消されるかもしれないが、それはかなり先の話だろう。さらに解消されたからと言って近い方が有利なのには変わらないだろう。イスパニアとは戦にならない。

「それから女真族に手を貸す理由だな。それは万が一に備えてだ」

「万が一?」

「そう。万が一、明が滅びるようなことがあれば次に唐土を支配する国が日ノ本と友好的な関係を築けるとは限らん。そうでなくとも日ノ本を目の敵にする者が皇帝にならないとも限らない。その時に新たな唐土の支配者として女真族を使う」

盛者必衰、たとえ過去に明がどれだけ栄えていようとも必ず滅びる時は来る。その時に備えねばこちらも巻き込まれかねない。

「なんだか卑怯な気がします」

「お前が戦にどのような幻想を抱いているか知らんが、戦はどれだけ卑怯な手を使ってでも勝たねばならん。負ければ終わりだ。特に日ノ本を統一してまもない今はな。例えばこんなふうに」

「ん?あっ、しまった」

「話だけに集中しているから負けるのだ。せいぜい励めよ」

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