有馬氏
―――――――――――――1541年2月1日 岸岳城―――――――――――
「失礼いたします」
評定の間で対有馬の対策を練っていると多聞衆の小頭が入ってきた。調親は潮見城の城代に命じたのでここにはいない。頼氏が音もなく近寄ると小頭が懐から手紙を取り出し耳打ちをしてすぐに下がった。多聞衆の手紙は俺の指示で暗号になっていて多聞衆以外が見ても何が書いてあるのかさっぱり分からないようになっている。頼氏は手紙を一瞥するとすぐに戻ってきて報告した。
「有馬が動き出しました」
ついにか。肥前最大の勢力で最近は大村氏に養子を出し着々と勢力を伸ばしている。特に今代の晴純は有馬氏の最盛期を築いた油断ならない相手だ。
「詳しく」
「はっ、有馬・大村連合が約3000の兵を率いて潮見城に進軍中とのことです。軍の中には後藤純明の姿も見られたと」
どこに逃げたかと思えば有馬に逃げていたのか。地形を知っている純明と肥前最大勢力の有馬晴純が手を組んだのか。300だけで持ちこたえるだろうか。まぁ、大丈夫だろう。あそこは有馬攻めのために鉄砲から大筒・次の戦で使おうと思っていたボウガンもどきに投石機まで置いてあるし兵糧も大量にある。それを扱うのは鉄砲隊を率いる津奈調親だ。しっかり遠距離から攻撃して城を守っているだろう。
「すぐに触れを出せ。2日後には出陣する」
「「「はっ」」」
「頼氏は残れ。調略がどこまで進んでいるか確認したい」
「はっ」
有馬め、飛んで火に入る夏の虫にしてやる。
―――――――――1541年2月5日 虚空蔵山 後藤純明―――――――――
「では、始めるとしよう」
晴純殿がそう言うとほら貝が吹かれ鬨の声が出た。
「純明殿はここで私と戦を眺めていることにしましょう。なに、純明殿の出番は塚崎城を落とすときにありますよ」
「左様で」
出来るだけ功を上げさせたくないだけであろうが。儂がこの戦で役に立たなければ周りになめられる。千葉・宗・少弐。なめられればすぐに戦を仕掛けてくるだろう。民の中にも儂を見限るものが出てくる。そうなれば有馬に頼らねばならなくなる。自然とここでの有馬の力が強まるはずだ。それが晴純の狙いであろうな。しかしそれを拒むことはできんな。
ドーン
「何事だっ」
あぁ、そういえば言っていなかったな。
「あれは敵の攻撃ですな。遠くから鉄の球を放ってくる攻撃です」
「なにっ。そのようなものがあるとは聞いていないぞ」
「聞かれていませんから」
これは事実だ。戦の話をしようとしてもすぐに自分の話に移ってしまい、そのせいでこの新しい兵器の話をすることができなかった。
「どのあたりが攻撃されたっ。すぐに確認しろ」
「申し上げます。謎の鉄の球が本陣前方30間ほどの位置に落ちました」
近いな。まさかここを直接狙ってくるとは。
「すぐに放たれた場所を探せ。それから城を攻めている兵を呼び戻せ。本陣を下げる」
「殿!?何を言われるのですか。一度も戦らしい戦をせずに陣を下げるなんて」
「そうです。それでは有馬の名に傷がつきます」
驚いたように安富徳円と堀純政が声を上げる。本来ならばその判断が妥当であろうな。相手が宗でなければだが。
ドーン
次は本陣の後ろか。ここも攻撃の範囲に含まれているということか。
「ええい、まだ放たれた場所がわからんのか。徳円・純政、其方らも兵を率いて探して参れ」
「「はっ」」
「おのれ、3000もいながらたった300の兵に翻弄されるとは」
晴純がぶつぶつ言いながら本陣を歩き回っている。年寄りのくせに元気なことよ。
「まぁ、落ち着かれよ。そのように歩き回っても敵は見つけることはできませんぞ」
「では純明殿も探しに行かれよ。兵は100ほど貸す」
「かしこまりまして」
つい先ほどまで塚崎城まで出番はないと言っていたことはなんだったのか。まぁよい。ここも危険だ、さっさとここから離れておくとしよう。
さて、ある程度離れることができたが城攻めに参加した隊はどうなっているだろうか。
「そのほう、城攻めの方はどれほどはかどっているか調べてまいれ」
「はっ」
近くにいた兵に物見をしてくるよう指示をしてとりあえず城の西側に回る。適当に調べていると本陣が襲われていると報告が来た。どうせあの鉄の球の事であろう。さっさと陣を下げればよいものを。宗に翻弄されたままだな。それにそろそろ宗の援軍が来る頃だろう。うーむ、このままでは負けてしまうかもしれんの。とはいえ儂は100の兵しかいない。何もできないな。
「申し上げます」
先程物見に出した兵ではないか。まさかもう戻っていたのか。
「いかがした」
「宗の援軍です。宗の援軍が城攻めの兵の後ろから襲い掛かりました。城兵も城から出てきて大混乱になっています」
「なにっ、なぜ直前まで気づかなかったのだ。本陣の兵はどうしている」
「分かりませぬ」
「すぐに確認しろ」
「はっ」
一礼してすぐに走り出した。まさか先程の鉄の球の攻撃は本陣を後ろに下げて城攻めの兵の救援に行けないようにした?まずい、晴純は城兵だけだと思って兵を分けたのだろうが援軍が来たとなると兵の数は互角になるだろう。そうなると兵を分けた我らが各隊を撃破され我らは壊滅、負けが決まってしまう。
「徳円殿・純政殿の隊と合流する。すぐに場所を確認しろ」
「申し上げます」
「今度は何だ」
見知らぬ兵が二人は言ってきた。どこかの使者だろうか。
「本隊が奇襲を受け大村純前様・島原純茂様、御討死。晴純様はけがを負われて撤退しております」
「城攻めを行っていた田川隆重様・大串正俊様・朝長純兵様・嬉野通久様、御討死。城攻めをしている隊は撤退しております」
まずいな。晴純が討ち取られていないのは良いが討死したのは有馬・大村の重臣たちばかりではないか。これでは兵の統率をとるものが足りなくなる。
「ま、前から軍勢が」
「どこの兵だ」
「寄り掛目結、平井経治様の軍勢です。数は約600」
良かった、味方の兵であったか。
「合流する。その方は先に行って話を付けてまいれ」
「はっ」
これである程度は安全になったと言えるだろう。経治は当代無双の勇将と名高い。それに城攻めには参加していなかったはずだから兵も儂の隊より多いに違いない。
軍勢がこちらに近づいてくる。先頭にいるのは経治殿ではないか。儂も軍を進める。
「純明殿、ご無事でございましたか」
「おかげさまで何とか。経治殿もご無事で何よりです」
「幸いにも敵に遭遇しなかったので1人も失う事なく。ところで少し内密にしたい話があるのですが」
そう言いながら経治殿が近づいてくる。最終的に儂の馬の隣まで近づいてきた。
「それで内密の話とは?」
「我らはこれより宗に寝返るという話ですよ」
「なっ・・・ぐはっ」
気づいたら儂の胸に槍が刺さっていた。槍で突かれた勢いで落馬する。薄れゆく意識の中儂が率いていた兵が討たれていくのがうっすらと見えた。




