視察
―――――――――1596年5月30日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「父上、失礼しますって、なんだこれ」
長康が入ってきて思わずというように声をあげた。
「父上、どうしたんですか。これだけの茶碗を」
「ん?これか。朝鮮との交易が再開しただろ。それで朝鮮の茶碗を輸入したのだ」
そう言いながら手に持っていた茶碗を置いてほかの茶碗を手に取る。これもまたいいな。井戸茶碗か。
「いったいいくらかかったんですか。勿体ない」
「分かっていないな。こうやって俺が茶の湯にはまれば大名も茶の湯を始める。俺にいつ呼ばれるか分からないからな。そして大名たちが始めればその家臣たちも似たような理由で始める。陪臣たちが始めればそいつら相手に物を売りたい商人たちも始める。つまり茶器の需要が増える。そうなれば惟宗が作っている茶器や輸入した茶碗が売れる。元手はとれているはずだぞ。趣味と実利を兼ねた収集だ」
「本当ですか」
「本当だ。だいたい俺は高麗茶碗より唐物茶碗の方が好きだ」
「知りませんよ」
まったく、もう少し美的感覚を身に着けてほしいものだな。それから儲ける方法を見つけること。惟宗の当主にはそれが必要なんがな。
「だいたい、こんなに茶碗を輸入したら赤字になるんじゃあ」
「大丈夫だ。朝鮮には砂糖を中心に消耗品を大量に売り込んでいる。茶碗は割れない限り無くならないが、
砂糖は使えばなくなる。必然的に継続して買うことになる」
物を売るなら高級品もいいが消耗品の方がいい。高級な消耗品が一番いいがな。
「だといいですね。それで、今日は何のようで呼ばれたんですか?まさか茶碗の自慢話ではないでしょう」
「ん、まあな。お前、ここからあんまり出たことないだろ」
「ここって、この城のことですか」
「いや、大坂の地からだ。お前がたまに城を抜け出して城下町に出入りしていることぐらい知っている」
「げっ、知っていたんですか」
「当たり前だ。護衛の者たちが気づかないわけないだろう。お前が気が付いていないだけでお前の周りには護衛のものが常に複数ついている」
「そうだったのか。全然気が付かなかった」
ま、その辺りは父上の血を引き継いでいるといえるかな。聞いた話では家督を継ぐ前は城を出て遊んでいたと聞く。俺も似たようなことをしていたな。
「そんなことはどうでもいい。それよりお前はほとんど大坂から出たことがないだろう」
「確かにそうですね。せいぜい京に1・2回行ったきり」
「やっぱりな。俺や父上の時は戦でいくらでもいろんなところに行った。しかしこれから戦が起こることはないだろう。いや、あってはならない。しかし外に出なければわからないこともたくさんあるだろう。そこでだ。一度日ノ本を見て回ってこい」
「日ノ本を?それはどういう」
俺の言葉に困惑したように長康は首をかしげる。
「いろんな地を巡って見聞を広げて来いということだ。まずは京・近江、そのあとは東海道を通って関東、そこから北陸・山陰・筑前・肥前・筑後・豊後・四国・紀伊・大和を経て大坂に戻ってくる。日ノ本を治めるのだ。日ノ本中のことを知っていないとな」
「ほ、本当ですか。行きたいです」
俺の言葉に長康は目を輝かせて頷く。よほど行きたかったのかな。
「そうか、ではすぐに準備しないとな。出立は一月後だ。それまでにめぐる土地について調べておけ。それから大名たちにもお前から書状を送っておけ。今度領内を通る際にはよろしくとな。あ、代筆は頼むなよ」
「はい。分かりました」
「あっ。それから視察の途中で常陸の佐竹に顔を出せ。松を嫁がせる。兄としてあいさつをしてきなさい。そしてどういう男か見極めて来い」
「えっ、松を?分かりました」
松が嫁げば一番頼りになる大名となるだろう。そのためにもある程度交流が必要だ。俺の場合は父上が徳川を警戒したせいでなかなか嫁の実家とはうまくいかなかった。せめて側室を持たないことが徳川への配慮かな。
「それから大和でも松六と親睦を深めて来い。それから鶴にもちゃんと挨拶してくるんだぞ」
「はい」
そういえば最近、鶴に会っていないな。どうしているだろうか。どうせあいつのことだから旦那を尻に敷いているだろうが。いまいくつだっけ。
「それから・・・そうだ、京では嫁に会ってこい」
「嫁?ちょっ、聞いていないんですけど」
「言っていなかったか?帝の妹君である心月内親王様をお前の妻として迎える。朝廷と幕府が協力するということを目に見える形で示すのだ」
「早くいってくださいよ。いつ決まったんですか」
「昨日だ。さすがに書状を書かないのは失礼にあたるぞ。大名たちの手紙と一緒にさっさと書いて来い」
「はい。失礼します」
そう言って長康は一礼するとすぐに部屋から飛び出していった。もう少し余裕を持って行動できないものかな。多少大人ぶってきたがまだまだ子供だな。これで見聞を広めれば天下人として相応しくなるだろう。楽しみだ。




