アイヌ
――――――――1595年10月10日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「まもなく蝦夷地の民の代表が参ります」
「そうか。あまり急がなくてよいと伝えてくれ。こちらの正装にも慣れていないだろう」
「かしこまりました」
そういって古川智次が下がる。いよいよか。楽しみだな。
本当はもっと早く会いたかったのだが、朝鮮が戦を仕掛けてきたりなので忙しかったからな。最近は時間もできてきたから会おうかと思ったら、藤孝がもう少しで日ノ本の言葉を理解できるようになるのでそれからの方がいいと言ってきた。たしか教育分野の担当は輝元だったな。あれはそれなりに有力な大名だ。戦が無いとはいえ、手柄の一つぐらいはあげさせないとな。いや、この場合はあまり恥をかかせないようにするためかな。アイヌがあまりにもつたない日ノ本の言葉を話せば担当である輝元の評判にも関わる。
「失礼します」
「しつれいします」
半刻ほどして輝元と少しきょろきょろしている見知らぬ男、古川智次が入ってきた。これが蝦夷地の民か。思ったより身体的に違いがあるわけではないようだな。少なくとも南蛮人と比べると日ノ本の民に近い。
「お初にお目にかかります。蝦夷地より参りました。御屋形様の御尊顔を拝謁でき、恐悦至極にございます」
「よく来たな。面をあげよ」
「はい」
そういって顔をあげる。思った以上に日ノ本の言葉を話せるな。
「輝元、なかなかうまくいっているようだな。よくやった」
「はっ。ありがとうございまする」
「次は済州島の民に日ノ本の言葉を教えねばならん。準備の方を頼んだぞ」
「かしこまりました」
ようやく朝鮮との和睦が成立した。向こうはよっぽど和睦を成立させたかったようで、こちらの条件を全て飲んだ。いまは済州島の行政の整備をしているが、来年の今頃には終わっているだろう。そこから教育だ。
「ところでアイヌの民よ」
「はい」
「長旅疲れたであろう。どうだ、蝦夷地とこちらはどう違う」
「とても家が多いです。私たちのところはとても自然が多いです」
「そうなのか。そういえば蝦夷地の民はあまり農業をせずに獣を捕らえて生活していると聞いているぞ」
「左様です。今回は献上品を持ってまいりました。それがこちらです」
そう言って手元にあった書状を差し出す。智次がそれを受け取って俺に渡す。さっと開くといろいろ書かれていた。どうやら目録のようだな。鮭に獣の皮にガラス玉などなど。
「ガラス玉とは、また珍しいものを。蝦夷地ではガラス玉を作っているのか」
「いえ、ガラス玉はほかの国の物との交易で手に入れたものです」
ほう、日ノ本のもの以外とも交易をしているのか。意外だな。聞いた話では貨幣があまり普及していないらしいから、物々交換なのだろうか。
「ほかの国というと」
「東の方の者や北の方の者と交易をしています」
「東の方の者というのはおそらく女真族です。北の方の者というのは蝦夷地の者がからぷとと呼ぶ島の者です」
蝦夷地の民の言葉を智次が補足する。
「そうだったのか。不当な値段で買いたたかれていないか。日ノ本の民も皆が皆、善良であるとは限らないからな」
「私の部族ではたまにあるようです。近くに役所がありますので。ほかの部族はまちまちといったところのようです。それが理由で幕府に反抗的な部族もいます」
「そうだったのか。その辺はどうにかしないとな」
さて、どうしたのものか。現状ではすべての取引を取り締まるのは難しいな。とりあえず新しい法律を作らせた方がいいな。だが、蝦夷地ではどうしても幕府の目が減ってしまう。どうしたものか。
「不当というとどういったものがあるのだ」
「食料が不足している部族に対しては大量の毛皮を渡しても米一俵だけといったことも。特にこの時期からは食料が足りなくなることですので」
「それはひどいな。人の弱みに付け込むとは。分かった、こちらでも早急に対応しよう」
「ありがとうございます」
人の弱みに付け込んでいるのは俺もだな。弱っているところを助けて恩を感じさせて印象をよくし、幕府が支配しやすいようにしている。人が良ければ天下人などできないか。
「そうだな。とりあえず不当な取引を禁じる法を作ろう。それから・・・幕府が取引を監視できる場所を作ろう。これからはできるだけそこで取引をするようにするといい。智次」
「はっ」
「この後、法務奉行の正信と内務奉行の三成を呼んでくれ」
「かしこまりました」
「ありがとうございます。ですが・・・」
「ん?どうした」
蝦夷地の民が少し言いにくそうにする。どうしたのだろうか。
「幕府に不信感を持っている部族の中には、幕府の役人には賄賂をもらって商人に便宜を図っていると考えているところもあるようです」
「そんなことが。分かった、すぐに調べさせよう」
正信・三成の次は風魔だな。それから正信には賄賂を禁じる法律を作らせるか。
「さて、いろいろ話を聞かせてもらった礼をせねばな。智次」
「はっ」
そういうと部屋の外にいるものに合図を出す。すぐに刀など様々な品を持った小姓たちが入ってきた。
「これをお主にやろう。それからこれからは松前康元と名乗れ」




