大陸情勢
―――――――――1595年4月10日 大坂城 惟宗長康―――――――――
「では失礼します」
父上の部屋の前を通ろうとすると、ちょうど頼久と頼政が部屋から出てくるところだった。
「これは若様。御屋形様に御用ですか」
「いや、ちょっと本でも読もうかと思ってな。しかし頼久はともかく頼政もいるとは思わなかったな。戻っていたのか」
「はい。父上がそろそろ隠居をしたいと。それでこちらに戻って少しずつ家督を継ぐ準備をしようかと」
「もう私も歳ですので。これからは若様や息子たちの時代です」
「そうだったか。じゃあ今日は家督相続のために父上のところに?」
頼久は祖父様や父上の天下取りの協力してきた。祖父様や父上にとって頼久や多聞衆は耳も同然。父上もそう簡単には手放したくないだろうなぁ。
「いえ、今日は仕事の引継ぎのようなものです。それと唐土の情勢について御下問があると聞いていましたので、唐土相手をしてきた頼政を連れてきたのです」
「唐土の?!俺もそれは聞いておきたいな」
本を読むよりそっちの方が有意義だ。
「この後、時間はあるか」
「私は家督相続の手続きがございますが、頼政は今日は用事はないのでお供させましょう」
「そうかそうか。では1刻後に俺の部屋に来てくれ。楽しみにしているぞ」
「はっ」
楽しみだな。最近は個人的に南蛮の情報も集めつつはあるが、やはり日ノ本に近い唐土の情報も知っておかないとな。今回の朝鮮との戦にも仲介を乗り出してきたし。今回、父上が唐土の情報を知りたがったのはそのこともあるのかな。もう少しで和睦が纏まると外務奉行所次官の頼房に聞いたし。万が一、変な思惑を明が持っていないか探っておきたかったのだろうか。ま、その辺はまだ教えてくれないだろうな。父上はまだ俺のことを子ども扱いするんだよな。もういくつになったと思っているんだか。
1刻後、自分の部屋に戻るとすでに頼政がいた。
「早いな。もうちょっとゆっくりでもよかったのに」
「若様を待たせるようなことはできません。して、某は何を話せばよいでしょうか」
「そうだな。とりあえず明について知りたいな。今の皇帝は馬鹿なんだって?次の皇帝はどうなんだ」
俺が家督を継ぐころに皇帝も代わるだろう。俺が相手することになるんだ。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、だ。
「さて、何とも言えませんな」
「まだ皇帝になっていないからか」
「いえ、まだだれが皇帝になるか読めないところがありますので」
「皇帝に誰がなるのか分からない?」
子供がいないわけでもないだろうに。それとも反乱の鎮圧で忙しいから決める暇がないのだろうか。いや、でもそれなら普通に長男が家督を継ぐはずなのに。
「いちおう万暦帝には男子が何人かいるのですが、有力候補は二人です。一人は長男の朱常洛、もう一人は第三子の朱常洵です」
「順当なら長男の方だと思うんだが」
「はい。明の重臣たちもそう思っているようで、熱心に支持しています。馬鹿な万暦帝と比べられているからか、お世辞なのかはわかりませんが英邁のようです。もし本当に英邁なのであれば面倒かもしれませんな」
「明という大きな国の英邁な君主か。確かに面倒だろうな。第三子の方は?」
「こちらの方は万暦帝の我儘と言いますか。万暦帝が最も寵愛している后妃が産んだ子供です。ずいぶんと甘やかされて育っているようです。あれではたとえ賢くても庶民の考え方は理解できないでしょう。いまでも反乱が起きているところを見るとあれが皇帝になれば明は滅びかねないところまで行くやもしれません」
明が滅ぶか。どうなるんだろうな。明が滅んだとしても新しく国を作れる勢力があるとは思えないが。かと言って長男の方が皇帝になれば、日ノ本に朝貢を求めてくる可能性が高い。なにせ万暦帝のせいで明には金が無い。いまのところはいろんなものに賄賂を贈っているから何とかなっているが・・・
「しかし明の情報などどうやって集めているんだ。どうせ父上にはもっと機密性の高い情報を渡しているんだろう?」
「これは先代様のおかげと言いますか。先代様の支援の下で王直が構築した情報網を取り込んだのです。いまでは明の朝廷の中枢近くまで侵食しています。御屋形様は指示されていませんが、皇帝の暗殺も無理をすればできないこともないですぞ。一部の重臣たちの弱みを握ったりしていますし」
「暗殺か。天下人のすることではないような気がするが」
暗殺なんて卑怯な真似、俺はしたくないんだがな。
「そうでもないでしょう。父上の話では、先代様は暗殺自体は手段の一つとして考えていたようです。家督を継いで早い段階でも暗殺はしていたようですし。卑怯な手をしてでも目的を達成する、そういう気構えが天下人には必要なのではないでしょうか」
「そういうものなのか、ふうん。ま、俺が家督を継いだ暁には詳しく話を聞かせてもらうぞ」
「はっ。もっとも、私が把握しているのは多聞衆の仕事だけです。忍び衆の仕事を把握するのは私も家督を継いでからです」
「それもそうか。ま、家督を継いで落ち着いたらまた話そう」




