次の世代
―――――――――1594年1月20日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「ふう、やっぱり茶が一番よな」
そう言ってため息をつき、茶碗を置く。やっと正月の行事があらかた終わったか。やっぱり父上の遺伝なのか、酒はどうも苦手だな。しかし長康は普通に飲んでいたな。不思議だ。徳川の家系は酒が強いのだろうか。ま、今年の正月はかなり料理が変わっていたから酒が無かったとしても楽しかったがな。父上が考えられた料理を何とか形にできた。よく兎や牛を食べようと思うよな。うまかったからよかったが。そういえば南蛮では獣の肉は当たり前のように食べると聞く。今度、南蛮の商人あたりに南蛮料理について聞いてみるのもいいな。
しかしなんでまた本にあんなものを書いていたんだろうか。長康が言うにはほかにも本を書いていていろんな場所に隠していたと言っていたが・・・隠居してから暇だったのだろうが、もう少しわかりやすいところに置いていてほしかった。内容が料理だけならばいいのだが、長康が言うにはほかにもいろんなことを書いていたらしい。武器についてや新しい技術について。研究者たちが聞いたらこの城をひっくり返してでも探し出しそうだな。長康も昔のことだからどこにあったか覚えていないというし、暇な奴に集めさせるか。
「御屋形様、内貞様が参られましたが」
二杯目を飲もうとしたところで外から小姓が声をかけてきた。内貞というと朝廷の正月行事に参加していたな。その報告だろうか。
「通してくれ」
「はっ」
さて、正月気分もそろそろ捨てて仕事始めと行くか。
「失礼します」
そう言って内貞が入ってきた。
「新年のご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます」
「なに、仕方のないことだ。万千代は元気にしているか」
「まあ、無駄に元気です。公家としてやっていけるかは不安ですが」
「それはお前に似たんだろう。昔は武家になるんじゃないかっていうぐらい木刀を振り回していたではないか」
「はて、そのようなことがありましたかな」
まったく、公家になってからすっかり変わってしまって。昔はもっと素直なかわいげのある弟だったのだがな。
「それで朝廷はどうだった」
「あいかわらずですよ。それと太政大臣の件ですが」
「あぁ、それか」
評定では公武の棟梁になるにはそれが一番の手だろうとして太政大臣になることにした。交渉は内貞に任せていたが・・・
「かなり反発があるようですな。摂関家だけでなく清華家も反対のようですな。一時的なものであれば構わないが、長期間、太政大臣の位にいるのは反対だと。それに加えて禁中並公家諸法度制定時の当主ばかり。反惟宗感情で反対していますな。帝もそのあたりの公家に反対されたらさすがに強行はできません」
これだから無駄に誇りがある公家は。なまじ父上が途中まで朝廷を甘やかしていたから危機感というものがないのだろう。
「しかし鎮守府大将軍と太政大臣によって公武の棟梁にならねばならん。それはこれまで通りの短期間ではだめだ。鎮守府大将軍になるのと同時に太政大臣になり、鎮守府大将軍をやめる時に太政大臣をやめる。そうでなければならない」
「分かっております。ですので次善の策ではありますが・・・次代の若様の時より太政大臣をというのではだめでしょうか。その頃になれば摂関家の反惟宗派の当主はいなくなっているでしょう」
「仕方ない、か。次の代にまでこれを長引かせたくはなかったのだが」
できれば俺の代で決めたかったのだが・・・
「日ノ本を統一した時も、亡き先代が大半を進められて御屋形様が仕上げました。今回もそれと同じように御屋形様が公武の棟梁への道を作り次の世代に繋げていくのです」
「そうだな。お前も万千代を育てないといけないしな。お互い後継者を育てるのに苦労するだろう」
次の世代か。そうやって父上も俺を育ててきたのだろうな。そして俺が、長康が、その子供が同じように次の世代を育てていく。そうやってそれぞれの形で国家安康を引き継いでいくのか。天下人とは難儀なものだ。
「しかし鎮守府大将軍はともかく、太政大臣になるには手柄を何かあった方がいいだろうな。そうでないと太政大臣の価値が下がる」
そういえば小笠原諸島の報告書がそろそろ完成すると聞いていたな。それを手柄に・・・は少し小さいな。何か仕事を与えないと。分かりやすい、それでいてそこまで難しくも無いもの。地図作りはどうだろうか。責任者に長康を据えて実際の作業はほかの者に任せる。それならばそう簡単に失敗することもないだろう。だが時間がかかるな。これはほかの者に命じておくか。
「ま、まだ先の話だろう。もう少しゆっくり考えるか」
「左様にございますな。御屋形様はまだお若いのですから」
「そう言って持ち上げて、俺が若いのであれば弟の自分もまだ若いというつもりなのだろう」
「これはこれは、御屋形様には通じませんな」




