仲介
―――――――――1593年11月5日 漢城府 柳成龍――――――――――
「ええいっ。くそっ。西人どもめ。陛下の前で余計な恥をかかせよって」
思わず近くにあった壺を床にたたきつける。これもあの蛮族どものせいだ。あ奴らが攻めてこなければこのようなことにはならなかったのだ。守りを固めてあればよかったものを。そうでなくとも和平の条件がもう少し検討できるものであれば。どう考えてもあの和平の条件は断るための条件としか思えん。所詮朝鮮に上陸して攻めることができぬくせに強気にでよって。だいたい西人も西人だ。徹底抗戦を唱えておれば陛下の御覚えがめでたいと勘違いしよって。口先だけの輩だらけだ。あれほどいうのであればお前が蛮族どもに戦を挑め。だいたいこの戦を始めたのはお前らだろうが。兵を動かす将軍たちもだ。この国には将軍は多くいても兵の動かし方ひとつ知らんものばかりだ。これでは勝てるものも勝てんわ。
「荒れておりますな」
一通り落ち着いたところで舜臣が入ってきた。
「お前がもっとわかりやすい勝利をしてくれればまだやりやすかったのだがな」
「無茶を言わないでくださいよ。これでもかなり苦労したんですよ。武器や兵の質や量でもこっちは圧倒的に不利。奇襲とはいえ、いちおう勝ったように見えるだけでも褒めて下さい」
だろうな。あくまであの時の勝利は国内向け。和平をと言いやすい状況を作るためのものだ。圧勝してしまったらむしろ和平をとは言えない。ある意味完璧な形だったのだ。だがまさか日ノ本がこれだけの条件を突き付けてくるとは。領地の割譲に、自由な交易、多額の賠償金だと。冗談ではない。ただでさえ日ノ本の攻撃で今年の年貢が減る可能性が高いというのに。
「それで、どうしますか」
「どうするもこうするもないだろう。日ノ本の攻撃が再開された以上それに対処するだけだ」
「北の蛮族も動き出しましたぞ。あれの相手もしながらとなると」
「女真族は元均に任せる。不本意ではあるがな」
あれに対応できるかどうかは分からんが、女真族の相手はあれの仕事だ。この間は戦に出せと文句を言っていたから不満はないだろう。しかしこちらの派閥にはあまり協力的とは言えない。できればあれに手柄をあげる機会を与えたくないんだがな。
「その元均だが、お前の事をずいぶんと悪く言っていたぞ。いまのところはそこまででもないが、いずれはお前を地方に飛ばそうとする動きが出てくるかもしれん。気を付けろよ」
「御忠告感謝します。敗者の妬み嫉みは厄介ですからな」
まったくだ。いい加減西人も負けを認めればよいものを。そうなればこっちも楽になって戦の方もさっさと決着付けることができるのだが。
「せめて明が動いてくれたらいいんだが」
「明は今内乱で忙しいのですぞ。そう簡単に動けるとは思えません。そもそも明と日ノ本の関係はかなり深いものになっています。いまの内乱や墓の費用の一部は日ノ本との交易で得た銭です」
そうなんだよな。明にとって朝鮮に味方する理由が無いのだ。せめて日ノ本が朝鮮を支配下に置いたのち、明を攻めようとしているという形にできたらよかったのだが。
「やはり何とかして和平を纏めないとな」
「陛下の一言で決まればよいのですが」
「はははっ。それは無理な相談というものだろう」
この朝鮮で一番日ノ本を見下しているのは陛下だ。一人でも和平に反対するのもがいればそのものの意見を採用するだろう。西人もそれが分かっているから和平には反対なのだ。何とかして陛下を説得できればいいのだが。
「いっそのこと、陛下を暗殺した方が和平は成立するか」
「それは・・・さすがに」
「分かっている。ただの冗談だ」
だが、いっそのことと思わないでもない。幼い王であれば俺が好き勝手しても咎めることはできない。
「仕方ない。とりあえず交渉で時間を稼ぎながら反対派を一人ずつ潰していくしかないな。舜臣にはまだ頑張ってもらうぞ」
「お任せを。できるだけ被害を抑えて見せましょう」
戦のことは舜臣に任せる。あとは和平を纏めるだけ。いや、陛下を説得するだけだ。だがどう説得する。領地の割譲は流石に認めないだろうし。あの日ノ本を見下す考えだけでも変わってくれれば。へたに儒教などにのめり込むから明を上に、日ノ本を下に見る考えが強くなってしまった。せめて傀儡になるぐらいの知性でいいのだが。ん?明を上に、か。
「舜臣、権慄を呼んでくれ」
「権慄を、ですか。なにか良い策でも思いつきましたか」
「あまり使いたくない策だがな。明に和平の仲介を願い出ようと思う」
明に和平の仲介を頼めばこの国の政に口を挟む機会を与えかねないが、仕方ない。これでしか陛下を説得するすべはない。日ノ本も明が動いたとなれば和平に応じざるを得ないだろう。




