フアン・コボ
―――――――――1593年7月10日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「いや、なんといいますか。また変わった茶碗をお使いになりますな」
そう言って頼久が元の位置に茶碗を戻す。あいかわらず頼久は侘数寄というものを知らんな。ま、俺も利休ほどは分かっておらんだろうがな。
「確か利休が選んだものでしたな」
「そうだ。上野焼でな。父上が磁器の有田焼・陶器の上野焼と呼ばれるようなものを、と制作を命じたものだ」
こればかりは幕府の財源として使えるため生産地は天領とした。今では南蛮への輸出品の主力の一つでもある。
「しかし有田焼はともかく上野焼はうまくいかんな。瀬戸焼などの古い窯がまだ強いわ。いまは有田にいた田中宗慶に梃入れをさせているが、どうなることやら」
ま、瀬戸などの古い窯が儲かっても構わんのだがな。だが同じところばかりが儲けるのはいかん。競争が無ければいい物は生まれない。いい物が生まれなければ衰退するのみ。これはどれにも当てはまることだな。
「御屋形様、御頼みになれたものを持ってまいりました」
外から小姓が声をかけてきた。あぁ、あれか。
「そうか。入れ」
「はっ」
そう言って小姓が南蛮風の茶碗と新しい茶菓子を持って入ってきた。それを俺と頼久の前に置いて部屋から出ていった。頼久は興味深そうに南蛮風の茶碗を手に取り眺める。
「御屋形様、これは」
「昔、父上が南蛮の皿などを贖ったことがあってな。それをもとに有田と上野に命じたのだ。これを南蛮に売りさばこうと思っている」
そう言って俺も茶碗を手にする。南蛮ではあまり茶を飲まないらしい。しかし惟宗が抹茶や煎茶、父上が考えられた紅茶などの茶を輸出すればきっと売れるはずだ。それに合わせて茶碗も南蛮風にする。日ノ本の茶の湯を南蛮に輸出するのだ。楽しみだな。
「南蛮に茶を飲む習慣がつけば、茶や茶碗が重要な輸出品になるだろう。それだけではないぞ。漆器も父上の時以上に栄えさせたい。あれも売れるだろうな」
「左様にございますか。しかしそう言ったところは亡き御隠居様と変わりませんな」
「父上と?」
「亡き御隠居様のご趣味は将棋でしたが、それを将棋所・囲碁所を作られて瓦版など儲ける方法を考えられました。そして御屋形様は茶碗。やはり親子は似るものですな」
確かにそうかもしれないな。だとすると長康も似てくるのだろうか。あいつは今は武芸にはまっているからな。いつか日ノ本中の剣や槍・弓の達人たちを呼んで大会をしたいと言っていたな。
「そういうお前はどうだ。たしか息子は20後半ぐらいだったな」
「それなりには頑張っております。どちらかというと私より父上に似たと思います。そろそろ家督を継がせようかと」
「そうか。もうそんな時期なのか」
頼久の子供は確か・・・頼政だったな。仕事熱心だったと記憶している。
「いまは確かルソンにいたな」
「はい。その頼政より知らせが入りました。南蛮の宣教師がこちらに使者としてくるようです」
「宣教師が?」
まさかそんなわけがない。父上が宣教師追放を決めてからは正面から宣教師が来ることはなかったのだが。密かに日ノ本に入ろうとした宣教師もいないわけではなかったがすぐに追い返すか、暗殺した。それなのにわざわざ来るとは。それに俺に知らせるところを見ると面倒事だろうか。
「はい。その宣教師の名はフアン・コボ。ルソン周辺を支配する役がルイス・ダスマリニャスという者に代わったため、最も交易をしている日ノ本に挨拶のための使者を派遣するようで。その使者に選ばれたのが」
「フアン・コボという宣教師か」
日ノ本でいうところの僧が使者になるようなものか。もっとも日ノ本では父上が宗教の介入を嫌ったため、僧が使者になることはかなり減ったが。
「本当に挨拶程度なのか。前の時は使者をよこすことはなかったが」
「おそらくルソンで日ノ本の民が増えているのが原因かと。治安維持のために日ノ本の民の協力は不可欠なようです」
「そういえば九十九から傭兵の注文が増えたと報告があったな。注文してきたのはイスパニアだったか」
「はい。いかがなさいますか。御屋形様が望まれないのでしたらこちらで妨害工作を行いますが」
「いや、会おう。一度戦ったことがあるとはいえ、上客なのには変わりはない。それに南蛮に物を売るにはイスパニアを通してからじゃないとできないというのもある。ただしキリスト教の話になればすぐに追い出す」
「かしこまりました」
せめてほかの南蛮の国が琉球まで船を出すことができたらいいのだが。日ノ本が明の品をイスパニアに高く売っているのと同じように、イスパニアも日ノ本から輸入した品を南蛮諸国に高く売っているのだろうな。出来れば一国だけでなくほかの国とも取引がしたい。取引が増えればもうけも大きくなる。それに茶を南蛮に広めるには多くの国と取引するのが一番だろうしな。




