嫁取り・婿取り
―――――――――1592年7月10日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「えい、えい」
「違う。もっとだな」
評定の間を後にして自室に戻ろうとすると庭先から長康と熊次郎の声が聞こえてきた。どうやら長康が暇を持て余して熊次郎に剣術を教え始めたみたいだな。ちょっと様子を見に行くか。
「お前たち、励んでいるな」
「あっ、父上」
「父上!」
「父上、今日は評定だったのでは」
熊次郎は俺に気が付くとすぐに駆け寄ってきた。縁側で鍛錬を見ていたらしい松も駆け寄ってくる。その後ろから長康がゆっくりとやってきた。
「評定は終わった。今日は剣術の鍛錬か」
「はい。兄上に教えてもらっているんです」
「そうか。よかった。松は見学か」
「はい。私もやってみたいです」
「はははっ。そうか、松もやってみたいか」
もしかしたら康守に影響されたかな。最近はたまに城に挨拶に来る大名の娘たちが康守に影響されて武術や勉強を始めたと聞く。文部奉行所では女子にも男子と同じ教育とまではいかないにしても大差ない教育をするべきではないかという意見も出てきている。実際に康守の仕事を見ていたら女子でも問題なさそうな気はしないでもないな。だが康守を重用するのは反発が強そうだな。もう少し様子を見るか。
「剣術もいいが勉強もちゃんとするんだぞ。これからの世で必要なのは剣術よりも知識だ」
「「はーい」」
本当に分かっているのか。随分と気の抜けた返事だったが。
「熊次郎はそろそろ傅役を決めないといけないな」
「本当ですか!やった」
誰がいいかな。次期鎮守府大将軍の弟の傅役となると相当慎重に選ばないといけない。人によっては長康を廃して熊次郎を鎮守府大将軍にと考えるかもしれない。そうでなくとも父上にとっての康正叔父上のように、長康にとって一番頼れる親族衆となるんだ。ちゃんとした奴を選ばないと。それから領地も数万石ほど用意しないといけないな。惟宗の血を引いている男子はそんなに多くない。惟宗姓は将軍家を除けば康正叔父上や貞勝の会津惟宗家ぐらいだ。もし将軍家と会津惟宗家が滅んだら、鎮守府大将軍を継ぐ者がいなくなる。そのためにも熊次郎にはちゃんとした分家になってもらわないと。そういえば貞勝のところの熊千代はどうするんだろう。出来ればこっちに来て一緒に勉学に励んでほしいんだが。学校に行くだろうし・・・。
いっそ、熊次郎にも学校に行かせるか。いや、受け入れ態勢が整っていないか。そういえば康正叔父上がそろそろ隠居を考えていると言っていたな。康正叔父上に任せるか。それとも隠居した奉行や次官に任せるかな。最近は奉行たちの世代交代が進んでいる。もう半分ぐらいは俺が任命した奴になったかな。元奉行や次官なら資質に関しては問題ない。考えておこう。
「それから松もそろそろ婿を誰にする考えねばな」
「えー、松はまだここにいたいです」
嬉しいことを言ってくれるな。やっぱり娘というものはかわいいものだな。息子には将来を考えてきつく当たらないといけないときもあるが、娘はよほどの我儘を言わない限り甘やかすことができる。この間生まれた珠も甘やかしそうだな。そういえば鶴もずいぶんと父上に甘やかされていたような。
「なに、心配するな。考えると言ってもまだ先の話だよ」
「本当?」
「本当だとも」
「よかった」
そう言って松は安心したようにほっと息をつく。
「ほかの家に嫁いだらここみたいにおいしいご飯を食べられないもん。私は御嫁になんて行きたくないわ」
・・・どうやら我が娘は色気より食い気らしい。たぶん食い気は父上に似たんだろうな。父上はかなりの食道楽だった。料理も自分で考えられたりしていたな。松も父上によく遊んでもらっていた。その時に食道楽が似たのかな。
「はははっ。だとすると飯がうまい大名を探した方がいいな。考えておこう」
飯がうまいとなるとやっぱり海に面している大名かな。そうだな、佐竹はどうだろうか。たしか嫡男は22歳だったな。3年後に嫁がせると考えたらちょうどいいか?貞勝の嫁の千子姫は8歳で嫁いだから特に問題はないだろう。石高も最も高い大名の一つだ。嫁がせるには問題なさそうだな。
「長康はそろそろ嫁だな」
「父上、さすがにその前に政に関わらせてください。何もせずに嫁をと言われても」
「そうか。ま、そろそろ参加しても問題ないか。明日俺の部屋に来なさい」
最初はそうだな。資料整理からさせるか。それから朝廷に顔見せをしておいた方がいいな。そのあたりは内貞と相談するか。
「それはそうと嫁だな。何か希望でもあれば聞いておくぞ」
「ありません。誰でもいいですよ」
捻くれたことを言うな。ま、元服したのに全く政に関われないのが不満なんだろう。
「誰でもいいか。生涯付き添うんだからそういう言い方はよくないぞ。それに誰でもいいといったと外に知られたら嫁に来た人が肩身が狭かろう。お前は次の天下人になるんだから安易に言葉を発するな」
「分かりました」
まったく、もう少し言葉に責任を持つということを知ってもらいたいものだ。政に関わればそういうところも治るだろうか。そうだ、先帝の皇女に4歳下の方がいらしたはずだ。たしか心月皇女様。朝廷とは禁中並公家諸法度の際に揉めたからな。朝廷との関係を深めるためにどうだろうか。さすがに不遜だろうか。そのあたりも内貞と相談してみるか。




