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想定外

―――――――――1591年8月20日 大坂城 惟宗貞康―――――――――

「ねぇ、本当に大丈夫なの」

「大丈夫、心配するな。お前はお腹の子のことだけを心配していればいい」

「だけど・・・」

そう言いながら亀が不安そうにこちらを見ている。さっきからこればかりだな。そんなに俺のことが頼りないのだろうか。

「心配するな。水陸軍が立てた計画は完璧だ。朝鮮では最近まで戦らしい戦は起きていないし、対馬は徹底的に守りを固めている。経験でも地の利でもこちらの方が上だ」

「しかしもし対馬が突破されたら」

「大丈夫だ。常勝軍団だった元ですら日ノ本に攻めてきたときには博多に上陸するのがやっとだったぐらいだ。それより数も質も劣っている朝鮮なんて一捻りだ」

これは決して気休めではない。十分余裕をもって勝てる戦だ。織田征伐の時に比べたら楽な戦だ。いや、あれはどの戦と比べても楽ではなかったか。父上も織田との戦はかなり警戒していた。しかし朝鮮は無視だったな。父上から見た朝鮮はその程度ということなのだろうな。その見立てが正しかったと証明しないとな。

「それより今回は出産に立ち会えそうにない。すまないな」

「やはり行かれるのですか」

「あぁ、惟宗の当主としてせめて九州で指揮を取らないとな。大名たちに舐められる」

所詮は父上がいないと何もできないか、そう思われてはこの戦に勝っても意味がない。どうせ戦をするなら幕府の利益になる戦がしたい。

「なに、九州に行くと言っても久留米城に入るんだ。あそこなら朝鮮が攻めてくる可能性が高いところから少し離れている。それにあの城は父上が建てられた難攻不落の名城。そう簡単に落ちるようなことはない」

「だといいのですが・・・」

「大丈夫。負けるような戦はしない。この城には誾千代を置いていくから何かあったら康守に聞いてくれ」

あいつなら大丈夫だろう。同性だから男が入りにくいところでも警備ができるし、胆力もその辺の男よりずっとある。さすが爺様の後継者だ。

「御屋形様」

外から康理が声をかけてきた。

「どうした」

「火急の知らせが入ったとのことです」

「わかった、すぐ行く。亀、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

亀に見送られて部屋を出る。外には康理が控えていた。

「朝鮮の事だな」

「はい。現地の水軍から知らせが来たとのことです」

「分かった。内容は皆を集めてから聞く。国防会議を開く。皆を集めてくれ」

「かしこまりました」

いよいよ戦だな。直接指揮を執るわけではないが久しぶりの戦だ。少し緊張するな。



「皆、面をあげよ」

「「「はっ」」」

俺に促されて皆が顔をあげる。参謀総長たちはまだ慣れないのかかなり緊張しているように見えるな。それとも戦が始まったことに緊張しているのだろうか。

「まずは現地の水軍から報告が来たんだったな。貞範、その報告を頼む」

「はっ。現地の水軍からの報告をそのまま読ませていただきます。8月1日に朝鮮水軍出陣。3刻後に対馬沖にて朝鮮水軍と戦が始まる。幕府水軍、計画通り動くも敵、想定より少なく撃退に成功。これからの指示を請う。とのことです」

「えっと・・・は?」

思わず変な声を出してしまったが、皆も驚いたような表情をしている。撃退に成功した?予定では適当なところで戦を切り上げて対馬に釘付けにするはずだったのだが。

「想定より少ないということは本隊ではなかったということか」

「おそらくそうでしょう。しかし先鋒だったとしても朝鮮の戦略を崩したのは間違いないでしょう」

「だといいのだが。元吉、これからはどうするべきと考えるか」

とりあえず水軍参謀総長の元吉に聞く。元吉はもとは村上水軍の当主で、父親が惟宗に逆らった際にかなり手強く戦ったことで、初めは惟宗水軍に取り込まれなかったが日ノ本を統一した際にすべての水軍同様、幕府水軍として統一された。その際に初代参謀総長に元吉が選ばれた。

「こちらとしては攻めているわけではないのでもう少し様子を見てもよろしいかと。こちらをおびき寄せる罠ではないと言い切れませんし、じきに敵の本隊が来るかと思われますので」

「そうか。もし、今回の敵襲で終わりそうだったらどうする。ここで終わるか」

戦は始めるより終わらせる方が難しい。特に他国との戦はそうだろう。

「撃退しただけでは朝鮮もまた攻めてくる可能性があります。水軍を使って陸軍を運び、朝鮮の一部を制圧するのはどうでしょうか。そして朝鮮が降伏なり講和なりを求めてきた際は制圧した土地を放棄する代わりに多額の金銀を要求します」

「いや、それだと朝鮮が意固地になる可能性がある。それに明に助けを求めるだろう。朝鮮のために明の利益を捨てるのは馬鹿々々しい。水軍が朝鮮の湊を適当に襲うぐらいでいいのではないか。それこそ倭寇のように」

「御屋形様、それでは他国の信用を失いかねませんが」

俺の提案に康繁が反対の声をあげる。確かに朝鮮のために信用を失うのはまずいな。

「しかし朝鮮に何らかの対応をしないことには舐められるぞ」

「それもそうですが・・・」

「よろしいですか」

急に良通が声をあげる。良通がこの国防会議で声をあげるのは予算の都合の時ぐらいだが。

「実はこの戦が始まる前に九十九の高俊から傭兵を参加させてほしいと言われまして。もちろん断りましたが、傭兵はそれなりに需要があるとはいえまだ人手が余っているようで。そこでこの朝鮮への対応にこの九十九の傭兵を使えないでしょうか」

「九十九の傭兵をか。他国の信用を失わずに朝鮮に何らかの制裁を加えるのであれば確かにいいかもしれないが・・・費用は何とかなるか」

「九十九に払う分の一部は配当金としてこちらに戻ってきます。兵糧等も九十九の方で準備するので負担になりません。小さな戦であれば九十九に任せる方が安上がりです。それにこの戦を通して九十九の傭兵の商品価値が上がります。九十九に任せるのがよろしいかと」

商人の傭兵が動いているだけであれば、明も動くことはないだろう。むしろ明の船が襲われないように九十九の傭兵を雇おうとするはずだ。よし、それで行くか。

「まずは様子を見る。朝鮮の動きを見極めないことには何とも言えないからな。朝鮮の本隊が攻めてくる気配が無ければ九十九に任せる。いいな」

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