朝鮮
――――――――1589年11月30日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「まさか朝鮮でそのようなことが起きていようとはな」
「はい。勘違いだらけですが、朝鮮がああ考えたのも仕方のないことかと」
俺の言葉に康繁が返事をし、評定に参加している皆が頷く。
「まさか父上の遺骨を対馬に運んだ時に朝鮮では謀反が起きていようとはな」
父上の遺言で遺骨は海にまくことになった。どうせなら生まれた地である対馬の海にまいてあげようと配慮したのだがそれが裏目に出ようとはな。やはり凱旋という意味を込めて多くの船を使ったのがいけなかっただろうか。
その時に朝鮮では謀反が起きていたらしい。蜂起する直前にとらえたようだが、明らかに兵の数が足りていなかったこともあり、朝鮮の朝廷がそれ以外にも謀反に加担しようとした勢力がいるのではないかと徹底的に調べた。まずその謀反人が所属していた東人。優勢だった東人の権力の大半は西人が奪ったらしい。おそらく権力を奪い取るために謀反を利用した側面もあるだろう。しかし東人もやられるだけではなかった。東人は謀反が起きた時に対馬に多くの船があったことに目を付けて、謀反には日ノ本が絡んでいたという仮説を持ち出した。日ノ本に責任転換をすることで権力がこれ以上奪われることを防ぐつもりなのだろう。しかしそれらしいことが書かれた書状も見つかったことでその仮説は無視できないものとなった。もともと惟宗と朝鮮は喧嘩別れのような形で断交状態になっていた。そしてその惟宗が日ノ本を統一した。朝鮮も惟宗がこちらに攻めてくるのでは、その足掛かりとして謀反を起こさせたのではないかと考えた。それで日ノ本が朝鮮の事をどう思っているのか、侵略の意図はあるのかを調べるために使者を送ってきたらしい。もっとも表向きは日ノ本統一の祝いということになっていたが。
「頼久、情報を仕入れた者は余計なことを言わないだろうな」
「すでに多聞衆が監視しています。余計なことを言いそうになれば病死に見せかけて殺す手筈です」
「そうか。そのまま多聞衆の者を紛れ込ませて朝鮮に送り込むことはできないか」
「難しいかと。この日ノ本において朝鮮の言葉を話せるものは南蛮の言葉を話せるものより少ないです。それも現地の人間にばれないほどとなると」
「そうか。明やルソンのように日ノ本の者がいることが不自然でないような場所であればいいのだが」
朝鮮とはほとんど交流が無い。商人の中には朝鮮と密貿易を行おうとしている者もいるだろうが、それでは情報が集めにくい。どうしたものか。
「あの、御屋形様。ここは朝鮮との関係を復活させるべきではないでしょうか」
康繁がおずおずといったように提案をしてきた。
「朝鮮と、か」
「はい。先代は国内に敵がいたため朝鮮とは関係を切ることを選ばれました。しかしもはや国内に敵はおらず、朝鮮との関係を再び始める良い機会なのではないでしょうか。このまま関係を持たないと言っても朝鮮は日ノ本に最も近い国です。このままでは最悪の場合、無関係な朝鮮の争いに巻き込まれかねません。ゆえに朝鮮と良好な関係を持ち、火の粉がこちらに降りかからないようにするのです」
「だが関係を持つことで朝鮮に振り回されるようなことになるのではないか。それならばこれまで通り無視するという方が」
「使者が来た以上無視はできません。友好的な関係を築くか、対馬の兵を増やして仮想敵国とするか。対応するのであればそのどちらかでしょう」
「ふむ、康胤。対馬の守りを増やすとなるとどれほど負担になる」
話を陸軍奉行の康胤に振る。朝鮮と敵対するようなことになれば対馬を守る陸軍が最初に向かい合うことになる。
「対馬の大きさを変えることはできませんのでこれまでとさして変わらないでしょう。しかし負担が変わらないということは守りもこれまでと大して変わらないということです。もちろん朝鮮が攻めてきた場合は全力を尽くしますが、朝鮮の軍事力がどれほどのものか分からない以上必ず守り抜けると明言することはできません」
「そうか」
結局のところは情報が足りないのだ。いま朝鮮の政争がどのような状態なのか、朝鮮から見た日ノ本というのはどういうものなのか、それらが分からない以上どう動けばいいか分からない。
「これからの朝鮮との関係がどうなるか分からない以上、こちらとしても動きようがない。まずは朝鮮に使者を送ってみよう」
「朝鮮にですか」
「名目は先の日ノ本統一祝いのお礼だ。そして朝鮮の対日ノ本の対応を見極める。それから情報も収集しなければ。外務奉行所はその準備をせよ。それから水軍・陸軍奉行所は万が一朝鮮に攻められたときの対応策と朝鮮を攻めることになった時の計画をたてよ。どちらに転んでも問題ないようにしておけ。それから多聞衆は朝鮮についてこれまで以上に情報を集めよ。朝鮮の奴隷を買って多聞衆の者として育てるなど朝鮮で情報を集めても目立たないようにしてくれ」
「「「はっ」」」
父上が亡くなったとたん忙しいな。どうにかこれを乗り越えねば。




