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天下人の最後

―――――――――1589年1月28日 大坂城 惟宗貞康―――――――――

「おい、どうにかならんのか。それでも医者であろう」

思わず医者の胸ぐらをつかんで怒鳴ってしまった。

「御屋形様、少し落ち着かれてください。医者もそれではまともに治療ができませんぞ」

「・・・分かった」

頼安にたしなめられて手を放す。

「すまんな。少し動揺していた。それで父上の容態は」

新年になって調子が元に戻ってきたと思っていたところでこれだ。

「芳しくありません。ここ最近は体力も落ちてきていたこともあり、かなり悪化しています。今夜あたりが山場となるでしょう」

「今夜が山場か」

この医者は総務奉行所の次官である頼安が選んだ医者だ。そいつがいうのであればそう間違うこともないだろう。だけどまさか父上が病で死ぬなんてことはないよな。

「とりあえず最善を尽くせ」

「あ、いえ。それが・・・」

「なんだ」

「御隠居様が治療を拒否されているのです」

「はあ?」

父上は何を言っておられるのだ。

「どういうことだ」

「わ、私に言われましても。しかし御隠居様が拒否されているためなかなか治療が進みません。何とか御屋形様から説得していただけないでしょうか」

「分かった。康正叔父上と貞親と内貞を呼んでくれ。4人でなんとか説得する」

「はっ」

俺の言葉に小姓が返事をして動き出す。確か今は別の部屋で待機しているはずだ。すぐに来るだろう。

「とりあえず父上と話をする分には問題ないのか」

「かなりきつそうですので出来ればあまり時間をかけない方がよろしいかと。あまり時間がかかれば治療して治るものも治りません」

「分かった。できるだけ早く説得しよう。そういえば母上が側にいるはずだがなんと言っておられるのだ」

「御隠居様がそう望まれるのであればそうするのがいいだろうと仰られています。もしかしたらこうなることを考えて事前に大方様とお話になられていたのかもしれません」

そういえばここ最近はよく二人で話したりしていたな。その時に話していたのだろうか。

「御屋形様。康正様と貞親様と内貞様をお連れしました」

「失礼します。お呼びと伺いましたが」

小姓と叔父上たちが入ってきて康正叔父上が尋ねる。

「父上が治療を拒否されている。何とか説得しないと」

「なるほど、それで我らを」

俺の言葉に納得したように三人が頷く。家臣では譜代の者たちですら父上を説得することはできないだろう。まだ父上の力が必要だ。親族衆で説得することができるか分からないけど何とか説得しないと。


―――――――――――――――同日 大坂城――――――――――――――――

「父上、失礼しますよ」

そう言って貞康が入ってきた。後ろから康正・貞親・内貞が入ってくる。やれやれ、どうやら病人を労わるという考えはないのか。しかし頭はたぶんこれまでで一番冴えているのに体が全く動かない。たぶん死ぬ直前ってこんな感じなのかな。医者の話では今日が山場らしい。政千代がこちらを心配そうに眺めている。まさか病弱だった政千代より先に死んでしまうとはな。

「どう、した」

「どうしたではありません。どうして治療を拒否されているのですか。これからの世のためにも父上の知恵が必要なのです」

「最近は、俺は、何もしていない。ゴホッ。俺が、いなくても、やれるさ。むしろ、俺がいない、ゴホッ。方がいい。俺抜きでも、幕府は問題ないと、見せつけなければ」

大名の中には俺がいるから反抗しないという輩もいるだろう。史実の秀吉の死後なんかがいい例だ。あの時は秀頼がまだ幼かったからというのもあるだろうが、秀吉抜きの豊臣政権では自分を押さえられないと家康が考えたからそうなったんだ。それではだめだ。俺抜きでもやれるところを日ノ本中に見せて今の国家安康を次の世代に引き継がないと。

「いいな、俺が、死んだぐらいで、ゴホッ。幕府が揺らぐような、無様な、姿は見せるなよ」

「分かりましたから治療を受けて下さい」

「自分の、体だ。間に合わないこと、ゴホッゴホッ。ぐらいわかる」

「兄上、そのようなことを言わずに」

「そうですよ、父上」

「ここで父上がなくなられては公家たちも調子に乗りかねません。何とか生きてください」

なんだか若干一名、俺を利用するようなことを言っていなかったか。まぁ、俺の子供だしそんなものかな。

「康正。お前は、これからもゴホッ。幕府に尽くしてくれ。もし惟宗本家が、絶えるようなことがあれば、ゴホッ。お前の家が鎮守府大将軍となり、幕府を導け」

「何を言われますか。私は一生幕府を守るべく尽力します。ですが幕府を導くなど」

「貞親。お前は幕府を、軍事面から、支えろ。水陸軍は、陸軍奉行所と、鎮守府大将軍の、ゴホッ。指示なくして、動くようなことがあってはならない。必ず、抑えるのだ。」

「わかっています。だから治療を」

「内貞、お前は、摂関家の当主となる。この程度のことで、慌てるような、馬鹿な真似は、ゴホッ。するなよ。俺の死程度で、調子に乗る公家など、潰してしまえ。朝廷は、一条と松殿家で、必ずや抑え込め。幕府に、反抗しようとする勢力は、必ず帝を、ゴホッ。利用しようとするはずだ。馬鹿な真似はさせるな」

「わかっています。しかし抑えるにはやはり父上の威光がほしいところです」

まったく、俺がやるべきことを示してやっているのに。それぐらいしてほしいな。

「政千代」

「はいはい。ここにいますよ」

「お前には、苦労をかけたな」

「そんなことありませんよ。御前様はそれ以上のことをしてくれました」

だといいんだけどな。たぶん一番苦労をかけたのは政千代だろう。

「お前には、これから好きに、生きてほしい。あとは貞康」

「はい」

「お前は、もっと自信を持て。俺がいなくても。ゴホッゴホッ。十分やっていける。お前の好きなように、すればいい。あと俺の考えを踏襲する必要は、ない。お前はお前の、考えを押し通せばいい」

「わかりました。では私の考えを押し通します。治療を受けてください」

「いやだ。死ぬ時ぐらい、潔くありたい」

もう俺はこの世に必要ないだろう。ちょうど、書いていた本も終わったところだ。死ぬなら今だろう。あ、やばい。なんだか心臓のあたりが妙な感じだぞ。息がしにくい。ぼちぼちだな。

「父上、しっかりしてください」

「兄上!」

「父上!」

「おい、医者を。医者を呼べ」

内貞め、口では一番ひどいことを言っておきながら一番心配していたな。あいつはそういうやつだ。たぶん俺に一番似たな。さて、惟宗国康の物語はここでおしまいか。ま、悪くなかったかな。

本日まで読んでいただきありがとうございます。

主人公である惟宗国康はこの話をもって死亡となりますが、朝鮮3歳は週一ぐらいで続けていきたいと思っています。出来ればWWⅡまでできればいいのですが・・・どうぞこれからもよろしくお願いします。

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