戸次誾千代
―――――――――――1588年11月10日 大坂城―――――――――――
「御隠居様。誾千代です。道具一式を持ってまいりました」
「おぉ、来たか。入れ」
「はっ」
そう言って誾千代が入ってきた。戸次家を継いでしばらく経つ。そろそろ女城主にも家臣たちは慣れてきたかな。
「すまんな、ちょっと準備を頼みたい。今日は調子がいいが出来れば体力を使いたくない」
「かしこまりました」
そういうと誾千代が手際よく墨などの準備を始めた。しかしいかんな。まさかここで病気になるとはな。そういえば階段から落ちたあたりから体調は良くなかったんだよな。だけどまさかここまで悪化するとは。最近はほとんど布団から出ていない。やっぱり歳かな。前世に比べれば食事の栄養バランスも良くなかっただろうから免疫力も高くないだろう。これはそろそろお迎えが来るかな。
「そういえば誾千代はどこの奉行所に所属することになったんだ。たしか来年からだろう」
奉行所への所属は大名とその嫡男の義務だ。20歳から必ずどこかの奉行所に所属する。それ以前は小姓として出仕する。だが奉行所に努める前の年にはどこに所属するか決まって本人に通知される。前年から準備するためだな。
「はっ、私は文部奉行所に所属することとなりました。そこで教育の方に携わる予定です」
「そうか。女という理由で侮られるようなこともあるだろうが、頑張れよ」
「はい」
誾千代は政千代の妹だが随分と歳が離れている。そのせいか政千代はずいぶんと誾千代の事を気にしていたな。
「準備が整いました」
「すまんな。あとで何か頼むかもしれないから部屋の外で待機しておいてくれ」
「かしこまりました」
さてと、さっそく後世への嫌がらせでも始めますか。たしかこれは・・・進化論と地球の歴史だったな。ダーウィンは1800年代の人だったはずだから200年以上先取りすることになるな。あとは何を書くかな。蒸気機関はもうとっくに書いたし、これからできるであろう兵器についても絵付きで書いた。なかなか苦労したな。さすがに絵は絵描きを雇ったけど。なかなかうまい出来だったな。確か名前は・・・長谷川だったかな。そういえばあいつは自分の力を試したいとか言って城下に店を構えたとか言っていたような。別に注文するのはいいだろうけど、どうせならあいつの腕でどこまでやれるか見てみたいから別の奴に頼むか。最近腕を上げている武家の五男がいると聞いている。そいつに頼んでみるのもいいな。確か名前は・・・海北だったか。狩野派の絵師は忙しいだろうから頼めないし。よし、次は海北に将来作られるであろう発明品や商品の絵を描かせよう。ま、まずは死ぬ前にこれを書き終えないとな。この調子なら月末にも次に取りかかれるはずだ。隠居するまで働き続けていたんだ。死ぬ直前まで道楽に生きてみたいものだ。
「ふう。ちょっと休憩するかな」
数刻経って筆をおいた。ちょっと疲れたな。昔ならもっと書いても疲れなかっただろうに。やっぱり歳だな。どうも体が弱っている。これは冬に風邪でもひいたらやばいかもな。
「誾千代、いるか」
「はっ。ここに」
「少し休憩をしたい。茶と菓子を持ってきてくれないか」
「かしこまりました」
そう言って外から走る音が聞こえる。さて、菓子を食べれるよう片付けるか。
「御隠居様、御持ちしました」
「おぉ、すまんな。入れ」
「はっ、失礼します」
そう言って誾千代が入ってきた。そして手早く茶と菓子を準備する。
「ありがとう。そうだ、これから暇か」
「本日は御隠居様の御手伝いをするようにと言われておりますので、何なりと」
「そうか。じゃあ、一局指さないか」
「将棋ですか。かしこまりました」
そういうと手早く将棋の準備をする。手際がいいね。
「準備が整いました」
「すまんな、振り駒は俺がしよう」
そういいながら歩を5枚とる。
「どっちだ」
「歩で」
「わかった・・・歩が4枚か」
「では私からですね」
そういうと飛車をすぐに動かす。初手7八飛戦法か。昔よく指した手だな。
「最近はどうだ」
そういいながら俺も飛車を動かす。二手目3二飛戦法。
「どうといいますと」
「なに、ただの近況を聞いているだけだ。舅殿がなくなられて3年になる。生活も落ち着いてきただろう」
「はっ。最近は領内での政でも父上がなされたことを引き継ぐだけでなく自分がしたいこともできるようになってまいりました」
「そうか。舅殿は領民に慕われていた。その舅殿の跡を継ぐのだ。女だとかそういうのは関係なく大変であろう。何かあったら相談するのだぞ。舅殿にお前のことを頼まれているからな」
舅殿の最後の頼みだ。できるだけ聞いてあげたい。舅殿がいたからこそ史実よりかなり早く日ノ本統一を果たすことができたんだ。それに誾千代もなかなか使える。時代が時代だから生きにくいかもしれないけど誾千代には頑張ってほしいな。
「とはいえ俺もいつまでも生きていられるわけではない」
「御隠居様、そのようなことは」
「気休めはいい。貞康もそう私情を優先することはないだろう。ほかの大名や旗本からなめられないようにしないとな。そうだ、これからは舅殿が最初に名乗っていた親守の守と俺の康を合わせて康守と名乗るといい。これなら俺が死んだ後でも不当になめられることもあるまい」
「よ、よろしいのですか。私なんかに」
「いいんだよ。それだけのことをお前の父はしたのだし、お前に期待しているということだ。ま、少し遅めの元服祝いとでも思ってくれ」
「は、はい。これより戸次康守と名乗ることとします。その名に恥じぬよう努めまする」




