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刑法と民法

―――――――――――1588年9月10日 大坂城――――――――――――

「まったく、御隠居様もずいぶんと無理をなさりますな。まさかもう完成なさるとは」

そう言いながら正信が歩を動かす。その後ろでは佐須景満と上杉景勝が控えている。どうやら緊張しているようで目の前に置かれた茶や菓子に一切手を付けない。正信なんてお代わりをなんて言ったのに。そういえば奉行と次官が全員入れ替わったのは法務奉行所ぐらいだな。今日は自室で正信と将棋を指している。最近はなんだか体調がよくないんだよな。そろそろお迎えが来ているということだろうか。

「まぁ、いつ死んでもおかしくないからな。それに前々から検討はしていたことだ。そこまでの重労働ではなかったよ。貞康は心配し過ぎなのだ」

「御屋形様は御隠居様のことが心配なのですよ。もっと長生きしてほしいと願っているからこその御言葉かと。もちろん家臣一同同じ思いです」

「ふん、確かにやりたいことはまだまだある。がいつ死んでもいいようにはしておきたい。この法案もそうだ」

「刑法と民法ですか。なかなかの量になりましたな」

そう言って正信がそばの紙の山の方に目を移す。確かに多くなった。民法は封建制ということもあって完全に近代的な法にはならなかったが、信教の自由や結婚・離婚・養子の基本的な決め事、裁判所についてなどいろいろ盛り込めたと思う。特に一揆については、武力での解決は禁じたが不当な支配を受けているときは裁判所に訴えれるようにした。関もないから大名たちもこれを阻止するのは難しいだろう。それから元服の年齢を18歳とした。ただし酒とたばこは20歳から。健康に気を付けないとな。


刑法は民法より近代的なものになったと思う。基本的には前世の刑法と大して変わらないんじゃないかなと思う。死刑は残しているが今ほど簡単に切腹だったり斬首だったりしないようにした。この時代は命が軽い。何とかこの法律で重くなってほしいものだ。あとは刑務所を作らないとな。それから警察をもう少し増やしたいところだ。どうせこれから人口も増えるだろうし、武士以外からも警察官として雇っていくかな。ま、そのあたりはまたあとで考えよう。


「あとの細かいところは法務奉行所で決めてくれ。もちろん貞康と相談しながらな」

「かしこまりました。しかし刑法はこんなに軽くていいのですか」

「いいんだよ。あっさり死刑にするとむしろ抑止力としては効果がなさそうだからな。それに死刑にならない分、別の償い方をしないといけない。そっちの方がむしろ苦痛かもしれないぞ」

それに簡単に人を殺すなんて少しもったいない気がする。どうせなら何かしらの労働力として使った方が有意義だ。非人道的なことを言えば多少危険でほかの人がやりたがらない仕事とかな。

「左様ですか。ではそのように」

「頼んだぞ。おっと、茶が無くなったな。景満、景勝。お前たちもどうだ」

「あ、いえ。我々は」

「まだ残っておりますので」

少しびっくりしたように慌てながら二人同時に茶を飲む。

「もう冷めているだろう。新しいのを用意させよう。茶菓子もな。誰か」

「はっ。かしこまりました」

部屋の外に声をかけると控えていた小姓が返事をして立ち去る気配がした。よくよく考えてみれば小姓たちって旗本の嫡男が多いけど大名の息子もいるんだよな。将来大名になる奴が茶を持ってくる。なんというか、何事も経験だな。

「そういえば徳川がようやく誰が家督を継ぐか決めたみたいだな」

「そのようですな。いちおう元は徳川の家臣でしたのでいろいろと聞きますが。竹千代殿にするようで」

「どうも凡庸なほうを選んだらしいな。警戒されないようにとでも考えたか」

正確に言えば治世向きの人間を選んだというべきか。於義伊、のちの秀康はどちらかというと乱世向きの人間だ。徳川を発展させるためにはそっちの方がいいと思ったんだろう。於義伊は元服後陸軍に出仕するらしい。ま、優秀で惟宗のために働くならだれでもいいけど。

「しかし家臣たちの中では不満に思っている輩もいるようだな」

「えぇ、しかしまだ若い者たちです。所詮は戦をあまり知らぬ世代。大した勢力になりますまい」

ならいいけど。いちおう監視は続けさせようかな。もし一波乱あるようであればその時は確実に徳川を潰す。身内でも容赦しないという前例を作ればあほなことを考える輩は出てこないだろう。

「正信も気を付けろよ。徳川を裏切って惟宗に仕えていると思われているかもしれないからな」

「あの程度の輩に殺されたり足を引っ張られるようなへまは致しませぬ。ご安心ください」

「頼んだぞ。お前は俺より長生きするだろうからな。間違っても殉死などするなよ」

「かしこまりました」

あ、そうだ。殉死の禁止も民法に追加しておこう。あれほど無駄なものはないからな。

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