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践祚と即位

―――――――――――1586年9月10日 大坂城――――――――――――

「そうか。践祚は無事に終わったか」

「はい。それからこれからの儀式についての打ち合わせも一条家を中心に済ませて参りました」

俺の言葉に貞康が少し疲れたように返事をする。最近は幕府の安定のためとはいえ朝廷の事は内貞に任せていたからな。久しぶりの京や朝廷で疲れているのだろう。

「しかしこれで禁中並公家諸法度の制定がまた遅れたな」

「そうですね。帝が制定に賛成されていたからここまで来れたのです。また新たな帝を説得せねば」

そういう意味では最悪のタイミングだったな。せっかく内貞が強気の姿勢で禁中並公家諸法度の制定を進めていたのに。そういえば史実でも本当は病死ではなかったのではという噂が流れたらしい。もしかしたら後世の歴史家が暗殺されたんだなんて言い出すかもしれないな。

「御即位はいつになった?」

「来年の3月に行うことになりました。大嘗祭も惟宗が費用を出して行います」

大嘗祭か。前回は200年以上ぶりということもあってかなり盛り上がっていたな。

「帝にとっても即位の儀式は大事なものだ。必ず成功させよ。失敗は許されないぞ」

「分かっています。必ずや成功させて見せます」

これで帝との仲が悪くなれば禁中並公家諸法度どころではない。これからの朝廷への対応を根本から変えていかないといけなくなるかもしれない。出来れば公家との仲は悪くなっても帝との仲が悪くなることは避けたい。何とかしてこちら側に取り込めないものだろうか。

「確か帝はまだ女御を迎えられていなかったな」

「はい。しかし惟宗に適当な女子はいませんが」

「確か近衛の娘が適当な年頃だっただろう。お前の猶子とするのはどうだ」

確か史実でも秀吉の猶子になってから入内したはずだ。近衛は禁中並公家諸法度に賛成しそうだったと聞いている。近衛をこちら側に引きずりこむためにもちょうどいいだろう。

「近衛ですか」

「松殿家を正式に摂関家とするには関白になる必要がある。しかしそれはまだまだ先の話だろう。その間一条だけで関白を独占していては不満もたまる。内基殿と内貞の間に近衛を挟んだ方がほかの公家たちの不満をそらすことができるだろう。しかし近衛に好き勝手されるのは面倒だ。それ故こちらに引きずり込む」

「分かりました。内貞を通して近衛と話を付けておきましょう。関白の件も禁中並公家諸法度の制定時に交代する方向で進めていきたいと思います」

「頼んだぞ」

そのうち近衛に誰か嫁がせるというのも悪くないな。近衛が親幕府派になれば摂関家の半分はこちらの味方だ。だが適当な女子ががいないからなぁ。ま、当分先の話だろう。おいおい考えればいいか。

「そういえば熊太郎は最近どうだ。ちゃんと勉強しているか」

「まぁ、それなりには。ただ抜け出す癖はどうにも直らないようで。まったく、誰に似たのやら」

「お前も似たようなものだっただろう」

きっと傅役たちも当時は苦労していたに違いない。それがこれだけ立派になったんだから熊太郎も大丈夫だろう。

「熊太郎の元服の際は盛大に祝いたいな」

「もう元服ですか。気が早いですよ」

「こういうのは気が早いぐらいがちょうどいいんだよ。それに早ければあと3・4年といったところだ。それなら来年やってもいいかなと思ったのだが」

それに俺もこの時代では年寄りだ。いつ死んでもおかしくない。孫の晴れ姿を早く見たいと思うのは爺馬鹿かな。

「帝が亡くなられては延期せざるを得ないな」

「そのような話は聞いていないのですが」

「ある程度計画ができてから伝えようと思ってな。熊太郎の元服祝いに大規模な祭りを開こうと思っていてな。一緒に初めての名人戦を行おうとも思っている」

ようやく名人戦の準備ができたんだ。去年から順位戦が始まった。最初の順位戦では名人はいないから今回がようやく初めての名人戦だ。去年、名人に選ばれたのは大橋宗圭だった。今年の順位戦は地震のせいでできないだろうけど熊太郎の元服の時には間に合うかな。

「そういえばお前は最近茶の湯にはまっているらしいな」

「え、まぁ。はまっているというほどではありませんが」

「そうなのか。最近では皆、俺が将棋にはまったようにお前が茶の湯にはまっていると言っているぞ」

今、大名たちの間では茶の湯がブームらしい。俺が諸大名を将棋に誘うように貞康も茶の湯に誘うようになるのではないか、その前に作法などを覚えておかないと何を言われるか分からないということらしい。

「熊太郎の元服の際に茶会なんか開いても楽しそうだろう。それも日ノ本の民がだれでも参加できるような。そして簡単な店を道の側に並べて様々な商品を売るんだ」

史実の北野大茶湯に将棋と夏祭りを足したようなものかな。新しい世を象徴するような楽しい祭りになればいいんだけど。

「それは楽しそうですね。帝が御即位された後の秋あたりはどうでしょう。稲刈りが終わった後であれば百姓たちも懐に余裕があるでしょう」

「そうだな。よし、そのあたりは俺が計画を作っておこう。お前は帝の御即位に集中せよ」

「分かりました。あ、熊太郎の諱は私がつけますから」

「ちっ。仕方ないな」

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