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摂関家

―――――――――1586年9月7日 一条城 一条内貞――――――――――

「皆さま、お集まりいただきありがとうございます」

そういって頭を下げる。ほかの摂関家の当主たちは苦虫を噛み潰したような表情をする。幕府が銭によって反惟宗派の公家たちを切り崩したことで、すでに朝廷は一条家以外の摂関家を除いてほとんどが惟宗派についた。内心は相当不安なのだろう。

「顔をお上げになられよ。内貞殿」

昭実殿に促されて顔をあげる。

「して麿たちを集めたのはいかなる理由かな」

「まさかとは思うが禁中並公家諸法度のことではあるまいのぉ」

「あのような法度を成立させるなど論外でおじゃろう」

「まこと、兼孝殿の申される通りで。朝廷の為すことに武家が口出しするなどあり得ないこと」

昭実殿を皮切りに信房殿・兼孝殿・信尹殿が口々に反対の意を示す。さて、これを説得せよとは兄上も無茶を申される。ま、惟宗の当主が無茶振りをするのは父上の時からだと康正叔父上が言っていたな。これもまた惟宗の家に生まれたものの宿命とでも思っておこう。俺には俺の、兄上には兄上の仕事があるだけだ。

「そのまさかにございます。この場で禁中並公家諸法度を制定したいと考えております」

そう言って懐から禁中並公家諸法度の内容と兄上の署名が書かれた紙を取り出す。

「内貞殿は聞いておられなかったのかな。ここにいる摂関家の当主が皆、反対だと言っておるのだぞ」

「一条は賛成ですぞ。それから再興される松殿家も」

「それは一条も松殿も惟宗の者だからだろう。松殿に至ってはまだ幼子。第一松殿家は摂関家ではなかろう」

「帝は松殿家を摂関家として再興させたいと御考えです。つい最近まで鷹司が断絶し、一条も某が養子になっていなかったらどうなっていたか。帝は頼りになる摂関家が安定して存続することを望まれています。そのための松殿家の再興です。すでに10年後の元服と任官、昇叙が決められています」

「なに、そのような話は聞いておらんぞ」

「帝と某が決めたことですので」

その言葉にまた摂関家の当主たちが苦虫を噛み潰したような表情をした。いくらここにいる摂関家の当主たちが反対しても帝の叡慮をないがしろにすることはできない。そのため禁中並公家諸法度の制定のために帝と何度も話し合いをした。

「帝は禁中並公家諸法度の制定にも賛成されています。まさか帝が頼りになると仰られた摂関家の皆さまが反対されることはございますまい」

「帝は其方と其方の父を慮ってそのようなことを申されただけであろう。帝は本心では反対のはずだ。だから我らが反対でおじゃる。たとえ帝がそう望まれようとも我らは朝廷のため、帝のために行動する。そして禁中並公家諸法度は朝廷のためにも、帝のためにもならない。松殿家の再興もだ」

「あなた方摂関家のためにならないというだけでしょう。少なくとも他の公家たちはそう考えていますよ」

そう言いながら懐から数枚の紙を取り出す。

「これは?」

「禁中並公家諸法度に賛成する公家の署名です。どうぞご覧ください」

慌てたように昭実が書状を開く。その書状を見るためにほかの摂関家当主たちも動く。

「そ、そんな馬鹿な。清華家に大臣家・羽林家のすべてが賛成しているではないか」

「それに伏見宮様まで。昭実殿。これはどういうことか。貴殿が説得すると申していたではないか」

「そういう信尹殿こそ、久我家が賛成しているではおじゃらんか。久我家は貴殿の親戚筋であろう」

「親戚筋というのであれば兼孝殿、花山院・三条西家が賛成しておりますぞ」

「麿は養子じゃ。期待されるほど影響力があるわけではないわっ」

「どうせ惟宗に銭をもらって適当な説得しかしておらんのだろう。この裏切り者め」

「なんじゃと。裏切ったのはその方ではないのか」

「ええい、静かになされよっ」

醜く言い争っていた4人は俺の大声に驚いたように黙った。

「貴殿らがいかに反対されようとも公家全体がこの法度の制定を望んでいる。それを己の都合でああだこうだいおうとは」

正確に言えば法度の制定を望んでいるのではなく、法度の制定に協力することで見返りを得ることを望んでいえるのだがな。

「帝も望まれている、ほかの公家も望んでいる、幕府も望んでいる。はっきり言って貴殿らの了承を得らずとも我が養父と帝と兄上の名前で制定することはできるのですぞ。それでも貴殿らの了承を得ようとしているのは、制定した後に貴殿らが困らないようにするためだったというのに」

「麿たちのため?」

「制定に関わることができなければ摂関家といえども所詮は惟宗や一条の決定を阻止することができないのかと侮られるでしょうな。それにこの制定に協力していただければ惟宗が援助する理由にもなったというのに。これで帝からも信用されず、ほかの公家からも頼られず、銭もない。そのような生活になったとしてもそれは貴殿らの我儘のせいと心得られよ。では」

そう言って立ち上がる。さて、これでうまくいくかな。実際問題として、摂関家が禁中並公家諸法度を守らなければほかの公家にも示しがつかない。帝も摂関家にはそこまで強く言うことはできないだろう。それでは意味がない。摂関家が自ら守ると誓わなければ。だからこうして多少強引な手に出たのだが。

「ま、待たれよ。内貞殿」

よしっ。うまくいったな。

「はい。何でしょうか」

「こ、近衛は賛成する」

「なっ。信尹殿!?」

「ありがとうございます。ではすぐに署名を。おい、だれか硯を」

よし、ひとり賛成すればあとは説得など容易なこと。これでようやく禁中並公家諸法度を制定できる。ん?足音が聞こえるがなんだか妙に慌ただしいな。

「失礼します」

「少し騒がしいぞ。何かあったか」

「み、帝が・・・」

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