銀行
―――――――――――1586年2月10日 大坂城――――――――――――
「そうか。思ったより生産に影響が出ているようだな」
「はい。椎茸や塩酸などの生産には特に大きな損害が出ました」
そう言いながら三井高俊が歩を動かす。なんだか手が震えているな。まだ若いうえに九十九は今回の地震でかなりの被害を出した。その立て直しのため東奔西走しているところに株主である惟宗からの呼び出しだ。緊張するのもわかる。もしかして責任を取らされて代表取締役を解約されるのではないかと不安なのかもしれない。あ、普通に金の将棋盤で将棋をするのに緊張しているのか。最近はこれでばかり将棋を指していたから違和感ないけど、普通ならがちがちに緊張するか。
「塩酸の生産に被害が出たのは痛いな。せっかく生産体制を整えるのに銭を使ったのに」
「はい。それでなくとも今回の地震で津波が押し寄せてきたところは若狭湾・伊勢湾・近江など商業的に発達した場所が多かったので、店も流されたり潰れたりしました」
「その立て直しのためにも資金が必要だな」
「はい。当方としましては以前と同等の設備にするには株式の発行が必要かと愚考します。ですので・・・」
「計画書はあるな」
「はい」
そう言って高俊が書類を差し出す。どれどれ・・・
「問題ないな。7割は惟宗が出資しよう」
「ありがとうございます。何分制度としましては新しいので皆、二の足を踏みます。惟宗様に出資していただけるだけでも助かります」
「なに、俺が言い始めたことだ。俺が生きている間は出資させる。ただし金額は倍にしろ」
「は?それはどういう」
「畿内に比べて関東の方は遅れているのは知っているな」
「はい」
「できれば関東も発展させたい。それで今回の地震で潰れた工場や店の半分を関東に移せ」
最終的な目標は関東を日ノ本の工場にすることだ。関東で石鹸や椎茸・塩酸などを作って横浜から全国に出荷する。江戸が政治の中心になれないのなら横浜を中心とした工業地帯にするんだ。
「かしこまりました。では新たな計画書を纏めて財務奉行所の方に提出させていただきます」
「うむ、それから帰りに財務奉行所によってくれ。九十九にしてほしいことがある」
むしろ株式を倍にしたのはこれが本命だ。
「九十九で金貸しをしろ。いや、金貸しとは少し違うがな」
「金貸しですか」
高俊が不思議そうな顔をしながら駒を動かす。なんだかめちゃくちゃな将棋を指すな。
「大名や武士・町人などが銭を預ける。そしてその銭を使って銭を貸し、利息で儲ける。また外つ国の銭と日ノ本の銭を交換する」
「銭を預かるのですか」
「そうだ。大金を個人で管理するのはいささか危険であろう。だから銭の管理を九十九がするのだ。ほれ、浪人を雇って唐土やルソンで警備をさせているだろう。あれを使えば警備の面では問題なかろう」
いわゆる銀行だな。貞康が大名が借金できる商人を制限しようとしていると聞いたからそれに乗って銀行を作ろうと思ったんだ。もちろん前世のままの銀行とはいかないだろうが、大名が九十九からしか借金ができないようにすれば儲かるだろうな。史実では大名貸が大名に銭を貸していたがお断りと言って債務放棄をされる危険があった。だが九十九なら幕府を敵に回す可能性がある。お断りなんてさせない。借金漬けにして改易してやる。
「まあ、これについてはゆっくりやってくれて構わない。そう簡単にできる話ではないし、まずは地震からの復興が優先だ。九十九にも働いてもらうぞ」
「お任せください。わが社をあげて復興の手助けをさせていただきます」
「頼もしいな。期待しているぞ」
「ははっ」
そう言って高俊が頭を下げる。
「そういえば塩酸を何に使うか聞いていたな」
「はい。あれはかなり危険な液体のようですので。御隠居様がいったい何に使うのかと」
「新しい商いの種だよ。味塩と言ってな。小麦に加えて高温で・・・ってまあどうでもいいか。とりあえず新しい調味料だと思ってくれ。これを南蛮に売れば儲かるぞ。だが今回の地震で生産施設は潰れたがな。予定ではこちらで設備を作って九十九に売り払おうと考えていたのだが。なかなかうまくいかん。それ以外にもいろいろ準備していたのだが」
かなり前から進めていた事業もあって去年の地震で今回の天正地震を思い出した時にはもう手遅れだったからな。潰れるのは仕方ないとあきらめたんだ。ま、関東にも生産施設は作っていたから問題ないといえば問題ないけどな。はぁ、早く産業革命起きないかな。とても工場とは言えないようなものばかりだからな。それかグルタミン酸生産菌、見つかんないかな。費用を考えたらそっちの方がいいんだけど。
「ま、運なんていつかは巡ってくる。その時を逃さないよう準備しないと。さて、これで詰みだな」
「あっ。これはこれは。参りました」




