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二条の正月

――――――――――1586年1月5日 二条邸 二条昭実―――――――――

「な、なんでこのような」

目の前に置かれた品々を見て思わず声が震えてしまった。おかしい、我ら二条派は惟宗が定めようとしている禁中並公家諸法度には反対の立場。近衛と手を組んで朝廷内を反惟宗に纏めようとしているのだぞ。それなのにこれだけのものを差し出す?

「御屋形様が先年は二条殿にお世話になったのでぜひ受け取ってほしい、これから何か必要なものがあれば言ってほしいとのことです」

内貞殿の言葉に思わず舌打ちをしそうになった。何が世話になったでおじゃるか。嫌味か。

「ほほほっ。世話などした記憶はございませんが。で、何が望みでおじゃるかな」

「別に望みなどございませんよ。二条様はこれまで通りで構いません」

珍しく直接的に言ったのにはぐらかされてしまった。

「しかし少し傾いているようですな」

一瞬何のことを言っているか分からなかったが、すぐにこの屋敷の事を言っているのだと分かった。

「お恥ずかしいながら修理をするだけの銭はあっても立て直すほどの銭はありませんので」

「次また大きな地震が来たら耐えられるかどうか。惟宗にはいつでも援助をする準備はございますぞ。もちろん禁裏修理やほかの公家の屋敷の修理のための準備も」

「そのような話は関白様となされた方がよろしいのではないですかな。帝もそう望まれておじゃろう」

公家の間では近衛・二条派が銭を出し合って修理をしてやっているおかげで我らにつくものが多い。だが帝は惟宗との連携を強化するためにも禁中並公家諸法度を制定するべきと御考えだ。そのせいで支持する公家は少ないのに帝が意見を採用するのはいつも一条派だ。なんとしてでもまき返さねば。そう昨日皆と話していたというのに。

「はっきり言われてはいかがかな。この品々とこれからの援助を引き換えに禁中並公家諸法度の制定に協力してほしいと」

「そう言ったとして二条派たちは協力しますかな」

「するわけがないでおじゃろう。朝廷の為すことに武家が口をはさむべきではない。政は任せざるをえないがそれ以上を求めるのは傲慢ですぞ」

「そうでしょう。あなたはそういうと思っていました。ですのでこれを受け取っても何かしろとは言いません。お好きなようにお使いください」

「は?」

どういうことでおじゃろうか。これだけの品々を贈っておきながら惟宗に味方する必要が無い?いやいや、これは罠に違いない。とりあえず断っておかねば。

「内貞殿、これだけの品をいただいておいて何なのだが」

「そういえばここに来る前に義父殿・九条様・鷹司様のもとによらせていただきました。皆さま、お慶びになられてこの品々を受け取っておられましたぞ」

九条と鷹司が?そんなはずはない。九条は兄が、鷹司は弟が当主なのだぞ。近衛・二条とともに反惟宗派を支える一員だったはず。それなのに・・・今度確認しておかねば。

「そうそう。義父殿のところによらせていただいた時に出た話なのですが、帝が道勝親王殿下に世襲親王家を創設させたいと御考えのようですな」

「な、世襲宮家を!?」

「なんと、御存じありませんでしたか」

内貞が大げさに目を丸くしながら驚く。なにがなんと、だ。しらじらしい。おおかた有栖川宮様の時のように一条がひそかに進めていたに違いない。

「しかし道勝親王殿下はまだ幼い。少し早いのではないか」

「どうやら帝は皇子様方を出来るだけ出家させたくないようで。空性法親王殿下・良恕法親王殿下は朝廷の影響力を増やすために出家されて四天王寺別当や天台座主をなされていますが、帝はもともと出家には反対だったようで」

「それで道勝親王殿下には世襲親王家をということですか」

どうするべきなのだ。反対すればますます帝は二条を遠ざけよう。しかしここで世襲親王家が創設されたとしても道勝親王殿下は惟宗に味方するはず。なにせ父である帝が親惟宗であり、惟宗の力で世襲親王家を創設することができたのでおじゃるからな。賛成しても損、反対しても損。どうすればいいのだ。

「九条の兄上や鷹司の弟は何と」

「おっと、そういえばあのお二人には話していませんでしたな。いやいや、うっかり。二条様からお伝えしていただけますかな。某、これから大坂に戻らねばなりませんので」

何がうっかりだ。間違いない、内貞は反惟宗派を崩しに来ているのだ。この件について相談しようと皆を集めてもどこでその話を聞いたということになる。内貞から聞いたと正直に言えばなぜ会っていたのだと疑いの目で見られかねない。目の前にあるこの品々も内部分裂を図るための罠だ。受け取っていないと言っても証明することはできない。摂関家ではお互いに疑心暗鬼になり協調できず、ほかの公家たちからは惟宗の為すことに反対しておきながら贈り物をもらうとは何事だと言われる。これでは朝廷を反惟宗に纏めるどころか、反惟宗派が瓦解する。近衛太閤の言う通り、何もせずに朝廷として惟宗に協調するべきだったということでおじゃろうか。

「しかし摂関家は少し不安ですな」

「どういう意味でおじゃろうか」

「鷹司はこの間まで断絶されていて、一条も某が継がなければ断絶していたでしょう。このままでは摂関家が無くなる可能性すらある」

「何が言いたいので」

「摂関家を増やそう、いや増やそうというのは少し違いますが。まぁ、そんなところです」

「摂関家を増やす?」

惟宗は何を考えている。分からん、麿には分からん。

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