公武の棟梁
―――――――――1585年11月1日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「商人が南蛮人に土地を売ろうとしただと。間違いないのか」
「はい」
俺の言葉に頼久が頷く。ようやく被災した土地が復興しようとしているのに面倒事を。
「取引自体は値の方で諍いがあり、破談になりましたが」
「買い取ろうとした南蛮人はどこのだ」
「ルソンにいる商人のようです。たまたまこちらに商談に来ていたようで今回の地震を聞いて安く土地を買いたたこうとしたようです」
これはまずいのではないか。もし日ノ本にとって重要な土地が南蛮人の手に渡るようなことになれば侵攻の足掛かりにされかねない。
「すぐにその商人を潰すか。罪状はそちらで適当にでっち上げよ。それから南蛮の商人はまだ日ノ本にいるか」
「いえ、数日前に坊津からルソンに向けて出発しました。今はおそらく海の上です」
「ルソンにいるものと連絡を取って監視を強化せよ。それから同様の動きが無いか至急調べてくれ。内務奉行所にも調べさせる」
「かしこまりました」
しかし南蛮人が日ノ本の土地を欲するか。日ノ本に商談をしに来ているということはそれなりに日ノ本の商人と商売をしているのだろう。おそらく土地を買おうとしたのはその拠点を確保するためか。しかし一つでも例ができれば侵略の足掛かりにしてきかねない。イスパニアの財産を守るためと言って攻めてきたら面倒だ。
「法務奉行所と相談して土地の売買に関する法を作らねばならんな」
「それがよろしいかと。日ノ本を攻めようとしたときの拠点となりかねませんし、そうでなくとも日ノ本で情報を集めようとする者たちの拠点にもなりえます」
「そうだな」
これから日ノ本は南蛮とどういった関係を築くか分からないが最低限の事をして熊太郎に後を継がせたい。最近はちゃんと勉学に励んでいるようだが、武芸ばかりしていたこともあって少し不安だ。武将としてはそれでいいのだろうが熊太郎は天下人、鎮守府大将軍として日ノ本を守らねばならん。それなのに武芸ばかりというのは・・・いや、今はそのことを考えるのはよそう。
「商人以外にも大名が土地を売らないか監視してくれ。それから借金もだ。借金で南蛮の言いなりにならないとも限らない」
「かしこまりました。しかし監視だけでは銭を借りるのを防ぐことはできませんぞ。何らかの法が必要かと」
「法か」
確かにそうだ。大名に銭を貸せる商人を制限するか。しかしそれではむしろ銭を貸す商人の力が強くなるだろう。特定の商人が力を付けるのはまずい。だが制限をなくして特定の商人が力をつけにくい状況にするか。いや、どうせ銭を貸せるだけの資金力がある商人など数が知れている。どうしようと特定の商人だけが大名に貸し付けることになるだろう。考えろ、父上ならどうされる。
「そうだ、大名は商人から銭を借りれないようにすればいいのだ」
「は?」
「商人から借りるから大名が商人に遠慮しなければならなくなるんだ。幕府、または九十九からしか銭を借りれないようにしてしまえば特定の商人が力をつくようなことはない。むしろ大名が幕府に依存するようになる。幕府の力が大きくなるぞ」
九十九も株式の7割は惟宗が持っているのだ。ほとんど惟宗から借りているようなものだ。
「ま、細かいところは法務奉行所と相談するか。報告に戻ろう。京の様子はどうだ」
「はっ。どうやら近衛・二条がほかの公家に声をかけて惟宗に援助を願い出ないよう圧力をかけているようです。やはり禁中並公家諸法度に対する反発があるようで」
「だろうな」
あれでは公家たちは皆惟宗の下につく形になる。さらに即位・譲位・叙任・昇叙に関することは幕府と相談すべし、公家は家業に専念し幕政に口を出してはならない、大名と婚姻を結ぶ場合は幕府の許可を得るべし、など大名とのつながりを断たれ政に関わることもできなくなる。心のどこかでは武家を馬鹿にしている公家たちとしては悔しかろうし、幕府の傀儡となるのではないかと不安にも思うだろう。実際にそうなるのだからな。
「しかし近衛と二条が手を組んだか。そうなると五摂家のうち惟宗の味方になるのは一条だけか。この調子では惟宗に援助を求めるようなこともないだろうな」
「おそらくは。院も帝も惟宗に援助を求めるべきと御考えのようですが・・・」
「公家たちが反対しているのか。銭だけ出させて口は出されたくないと見える」
随分と甘い話だ。やはり朝廷の事を公家だけに任せておくのは危険だな。帝はこの日ノ本のいわば顔だ。その周りが愚か者であれば顔に泥を塗られるようなもの。やはり惟宗が公武の棟梁となって帝をお守りせねばならんだろう。しかし時間がかかりそうだな。
「仕方ない。当分は様子見だ。監視を続けよ。何か公家が罪を犯そうとしているようであればすぐに知らせよ」
「はっ」
公家が罪を犯せば禁中並公家諸法度の制定を一気に進めることができる。しかし万が一に備えて暗殺などの手を使うことはできない。ま、気長に待つとしよう。時間が経てば一条家の当主は内貞になる。そうなれば内からも進めることが出来るようになる。内基殿も協力してくれればいいのだがさすがに今の状況では惟宗の援助を受けるだけしかできないだろう。少しずつだ、少しずつ公武を統一する。熊太郎には公武の棟梁として家督を譲りたい。父上には天下人として家督を継がせてもらった。俺には出来るだろうか。




