諜報機関
―――――――――――1584年9月10日 大坂城――――――――――――
「明の皇帝が墓をねぇ」
歩を進めながら思わず声が出てしまった。しかしまだ死んでもいないのに墓を作り出すとはせっかちだな。それとも自分の健康に不安でもあるのだろうか。
「間違いないのか、頼久」
「はい。今年から工事が始まるようです。予定では6年もかかるとか」
「よほどでかい墓を作るつもりなのだろうな。そんなに時間をかけて墓を作るということは健康に不安があるという訳ではないのだな」
「はい。むしろ健康体そのもののようです。暗殺でもされない限り当分は生き延びるでしょう」
それならいいんだ。次の皇帝になって急に交易はしないとか朝貢せよとか言ってきたら面倒だもんな。その点いまの皇帝は楽でいい。馬鹿だからな。仕組みはよく分かっていなくても銭が自分の懐に入ると分かったらそこまで何も言ってこない。宰相が死んだときは少し不安だったけど現地の役人たちに賄賂を贈ったらしい。
「しかし墓か。いったいいくらかけて作るつもりなのだろうな」
「調べでは800万両とか。なんとも豪勢な墓ですな」
そう言いながら頼久は俺の歩を取る。いまのところは一進一退といったところかな。
「高山国攻めも順調に進んでいることだし、明にはあまり混乱してほしくないのだがな。皇帝が馬鹿ならば少し考えておかないといけないかもしれないな」
なにせ今の皇帝はあの万暦帝だからな。後世では明朝は万暦に滅ぶとまで言われている。俺としては隣の国の皇帝が馬鹿であることはむしろありがたい話ではあるけどな。いや、馬鹿は行動が読めないからありがたいことだけではないけど。問題は女真族だよな。
「それだけ銭を使うということは民には重税を強いることになるだろうな」
「おそらく。いまはまだそこまでではないですがいつ重税を課すようになってもおかしくありません」
「そうなれば一揆か。唐土の国はいつも一揆で滅んでいくからな。明も一揆が起き始めたら終わりが近いと考えた方がいいだろう。次に台頭してきそうな勢力は」
「何とも言えません。すぐに調べさせまする」
「頼むぞ」
しかし貞康もまだまだだな。外征を行うまでになっているんだからもう少し外に目を向けてほしいものだ。皇帝が変わったり明が滅んだりして交易ができなくなった時のことを考えているのだろうか。子供というものはいくつになっても不安だな。孫もまだ元服前だ。これはまだまだ死ねないな。
「御隠居様は墓をおつくりになられないのですか」
「いらんわ。俺の墓をどこの寺が管理するかでまた揉めそうだ。死んだら焼いて海にでもまいてくれ」
「かしこまりました」
俺の遺骨をどうするかなんてどうでもいいことで宗派間争いになるのは困る。しかも俺が死んだ後だから俺が口を出すことはできない。今のうちにその辺を片付けておいた方がいいのかな。いわゆる終活だ。なんか嫌だな。話を変えよう。
「しかしそろそろ忍びの配置も考えねばならんな」
「左様ですな。今の状態では些か効率が悪いように思えます」
そうだよなぁ。出来れば世界で通用するぐらいの諜報機関を作り上げたいんだよな。
「そうだな。この際多聞衆は国外のことに集中した方がよいだろう。人数や経験ではほかの忍びたちを大きく上回っている」
「ありがとうございます」
そう言いながら頼久が俺の陣に攻め入ってきた。さて、どう対処するかな。
「大名・旗本の監視は世鬼衆に任せよう。大名・旗本の監視は総務奉行所もするからな。そこまで人数が多くない世鬼衆でも問題ないだろう。国内の商人や町人・百姓を監視するのは伊賀衆に任せるか」
「身分で分けるより何を担当するかで分けた方がよろしいのではないでしょうか。多聞衆は国外での情報収集、世鬼衆は大名の反幕府的行動などといったような」
「ふむ、そうだな。では多聞衆は国外での情報収集及び現地での反幕府的行動をとるものの監視、世鬼衆は大名・旗本の反幕府的行動の監視、伊賀衆は国内での反幕府的行動をとるものの監視、風魔衆は幕府の役職を利用した汚職等の摘発。表向きはこんなものでいいだろう」
「表向きは、ですか。では裏側ではいかがしますか」
「多聞衆は敵対的な国家の政権打倒及び親日的な政権の誕生の支援、世鬼衆は幕府に悪影響を及ぼす可能性のある大名・旗本の暗殺、伊賀衆は特定の大名領での一揆の扇動及び反幕府的行動をとるものの暗殺と国内に入ってきた国外の忍びあるいはそれに類するものの監視・暗殺、風魔衆は忍びの育成及びほかの忍びの監視。こんなものではないか」
表向きの方も外に漏らすつもりはないが建前ぐらいは用意しておいた方がいいだろう。理想としては日ノ本版CIAかな。ま、これは少しずつ時代に合わせて変化していけばいいだろう。
「それがよろしいかと。暗殺等は幕府の決定を経てからなどの仕組みを作らねばなりませんな」
「そうだな。だが関わる人数は減らしたい。奉行と将軍、忍頭だけの会議の場を設けた方がいいかもしれないな。そのあたりは貞康と相談せよ」
「かしこまりました。ではここで話した内容は書類にして御屋形様に提出させていただきます」
「頼んだぞ。さて、この対局もそろそろ終わりだな。もう詰みだぞ」
「おや、これは。参りました」




