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祖父と孫

――――――――1583年4月10日 大坂城 惟宗熊太郎―――――――――

「熊太郎様、どこに行かれましたか!手習いの時間にございまするぞ」

ひえっ。茂通の声だっ。これは近いぞ。慌てて周りを見たけど茂通は見当たらない。まだ見つかっていないのかな。今のうちに逃げないと。えっと、こっちだったかな。あれ?さっき父上の声が聞こえて慌てて走ってしまったからここはどこだかわからないぞ。どこも似たような感じだからよく分からないや。

「諦めて出てこられよ。御父上の御屋形様もこのことを聞けば嘆かれますぞ」

「左様ですぞ。諦めて出てきてくだされ」

げっ、今度は茂通の声といっしょに康広の声も聞こえてきたぞ。孝高だったらよかったのに。あいつは厳しいけどあの二人ほどではない。とりあえず奥の方に逃げよう。

「熊太郎様っ。いずこですか」

げっ、奥の方から盛円の声が聞こえてきたぞ。あいつは傅役じゃないのに妙に僕に厳しいんだ。とにかく逃げないと。えっと、茂通たちの声が聞こえてきたのは後ろの方で盛円の声が聞こえたのは奥の方だからとりあえず右に逃げよう。

「熊太郎様。手習いごときで逃げ出しては将軍を継ぐことなどできませんぞ」

「早く出て来なされ」

うへっ。今度は右の方から三成の声が、左から智正の声が聞こえてきたぞ。か、隠れないと。よし、あそこの部屋に隠れよう。大慌てで部屋に入ると急いで戸を閉めた。

「ふう」

これで時間は稼げたはず。声がしなくなったらここから出てもう少し城の中を探検しようかな。

「一体何事だ、熊太郎」

「うわっ」

急に後ろから声をかけられて思わず大きな声が出た。慌てて後ろを見ると祖父様がそろばんを持って不思議そうにこちらを見ている。

「どうした、急に大声を出して。それもここは惟宗の記録が纏められている部屋だぞ。来たところで何も楽しくなかろうに」

祖父様に言われて周りを見渡すと本棚にたくさんの書類が纏められている。ここなら当分は見つからないかな。

「じ、祖父様こそ。なんでこんなところに」

「ん、俺か。俺は資料と数字の確認をしておこうと思ってな。それより熊太郎、手習いはどうした。傅役たちはこのことを許可したのか」

「も、もちろんです。茂通も康広も孝高もいいと言っていました」

「熊太郎、絶対許可をもらっていないだろう。まったく、ほれ」

祖父様が呆れたように僕を見ると手に持っていたそろばんを僕に投げた。思わずとっさに受け取ってしまった。

「おおかた傅役たちから逃げているのだろう。匿ってやるから手伝なさい」

「えぇ、でも」

「いいから。まずは読み上げ算だ」

抗議の声を上げようとしたが祖父様は気にされずに読み上げ算のための資料を漁り始めた。仕方なく、適当な白紙と墨を準備する。

「ではいくぞ。願いましては」


「うーむ、合わんな」

「そうですね」

僕が計算して出した答えと書類を見比べて二人で首を傾げる。最初会わなかったのはどこかで計算を間違えたのかと思ったけど、何度も計算しているのに数字が合わない。どうしてだろう。

「この報告書を書いたのは・・・御林局長の吉川平介か。着服しているのかもしれないな」

「着服?」

「御林局は木の数を調整するために間伐を行う。その際に切り倒した材木は値が大きく下落しないよう調整しながら売るのだ。その際に出た利益を平介は己のものにしているのだろうな」

「そんなのだめじゃないですか」

惟宗の利益になるはずだったのに。

「そうだな。すぐに調べさせないと。しかし早めに見つかってよかった。お手柄だな、熊太郎」

そう言って祖父様がにこりとこちらを見て微笑まれる。

「さて、少し休憩でもするか。いま菓子を持って来させよう。新しい菓子もできていたみたいだからな」

「やったぁ」

菓子だ、菓子だ。しかも新しい菓子って祖父様が考えられた菓子に違いない。ここ最近できている新しい菓子は全部祖父様が考えられたと聞いている。楽しみだなぁ。

「さて、誰を呼ぶかな」

そう言いながら祖父様は壁にかかっているひもの方に歩き始めた。あれは引っ張るとその先に付けられている鈴が鳴って誰かを呼び出せるというものだったはず。あれ、待てよ。ここで誰か呼ばれたら僕がここにいることがばれてしまう。そうなれば傅役たちに連れていかれて菓子はお預けになってしまう。それはだめだ。

「じ、祖父様。もう少し書類の確認をしませんか」

「ん、そうか。しかし菓子を食いたいのではないのか」

「さ、さっき食べたばかりなので大丈夫です」

「そうか。しかし休憩は必要だろうし・・・そうだ。熊太郎、高山国攻めについて知りたがっていたな」

そう言いながら祖父様が近くの棚から数枚の紙を取り出した。

「高山国攻めの計画書だ。見てみるか」

「はい!」

やった、父上に頼んでも見せてもらえなかった高山国攻めの計画書だ。菓子よりもこっちの方が断然いいぞ。

「そうか。ほれ、読んでみよ」

そう言って祖父様が紙をこちらに差し出された。受け取って一気に読み進める。

「熊太郎、面白いか」

「はい。祖父様、この戦の兵糧はどうするのですか」

「ん?兵糧か。まず琉球に必要な分を送る。九州で管理していては面倒だからな。足りなければ九州から送るか明から買い付けるつもりだ」

「武器や火薬もですか」

「そうだな」

「私も戦を見に行ってみたいです」

僕が当主を継ぐ頃になったら戦に出ることもなくなると思う。そうなる前にせめて一度だけでも。

「だめだ。お前がするべき仕事ではないよ」

「どうしてですか。祖父様は僕と変わらないくらいには戦に出ていたのでしょう。僕は祖父様のような天下人になりたいのです」

「うれしいことを言ってくれるな。だがだめだ。いいか、俺には俺の役目があってお前の父にはお前の父なりの役目があるように、お前にはお前の役目があるのだ」

「僕の役目ですか」

「そうだ。俺は乱世から惟宗を守るために戦をした。貞康は乱世を終わらせるために戦をした。お前がするべき戦は太平の世を築き、ゆるぎないものにする戦だよ」

泰平の世を築き、ゆるぎないものにする?よく分からないな。皆、乱世は終わって太平の世になったと言っている。なのに太平の世を築くの?

「はははっ。ちと難しかったかな。だがひとつ言わせてくれ。お前は俺やお前の父のようにならなくていい。お前はお前なりの天下人になりなさい」

「はい」

「いい返事だ。さて、菓子にでもするか」

そう言って笑われると側にあるひもを引っ張られる。あぁ、まずい。傅役たちが来るぞ。に、逃げないと。

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