武家諸法度
――――――――――――1582年4月3日 大坂城――――――――――――
「御隠居様、御屋形様が参られました」
自室で一人で将棋をしながら菓子を食べていると相良亀千代が外から声をかけてきた。こいつは間違いなく歴史に名を残すことになるだろう。日ノ本で最初の、いやもしかしたら世界で最初の牛痘法による種痘を受けた人物としてだ。小姓の中から誰かと志願を募ったらこいつだけが手をあげた。たぶん戦働きができなくなったからどんな手を使ってでも俺や貞康に覚えてほしかったのだろう。もしかしたら他の小姓に強要されたのかもしれない。相良家は惟宗の中でもあまりいい目で見られていない。現当主の頼房の父は事実上降伏したのにもかかわらず惟宗に歯向かったのだ。俺や貞康は全く他と差を付けていなかったが、むしろそれだからこそ相良家は一部に嫌われている。それが残っているのかもしれないな。あんまりよくない傾向だな。まぁ、これで大半の者が亀千代の事を見直すだろう。もしそれでも不当な扱いを続けるような奴がいたら軍に放り込めばいい。あそこは俺が考えたかなりきつい訓練を毎日のようにこなしている。そこに一週間もいれば性根のゆがみも直るというものだろう。
「そうか。通せ。それから茶を頼む」
「はっ」
亀千代がどこかに行く気配がする。さて、まずは片付けないとな。菓子は・・・いいや。この菓子は試食会のようなものだからな。貞康にも食べさせてやろう。
「失礼します」
そう言って貞康と亀千代が入ってきた。貞康の手には紙を数枚持っている。亀千代は俺と貞康の茶をおくとすぐに部屋から出て行った。
「父上、これは」
「ん、菓子だな」
貞康があきれたように見ている菓子はこの時代の菓子ではなく、前世でいうところの和菓子だ。饅頭にカステラ・金平糖・最中・落雁・煎餅・団子・飴玉に大福、その他もろもろ。ついさっき運ばれてきたばかりだから毒味で食べた部分を除けばほぼ原形を保っている。毒味担当の小姓も大変だっただろうな。甘党だったら役得だが甘い物が苦手な奴だったら苦痛だっただろう。ちなみに砂糖は前世の和三盆と同じ方法で作ったものを使用してる。
「さとうきびを使った製糖がかなりうまくいっているからな。そろそろ町民や百姓にも手が出さないこともないくらいの値になるだろう。その時に備えてな、いろんな食べ方を考えておいた方がよかろう。株式会社に菓子屋でもやらせれば儲けるぞ」
砂糖の消費量は文化のバロメーターになるとまで言われている。そうじゃなくても甘党として砂糖を普及させたいな。
「やはり株式会社を発案したのは父上でしたか」
「まぁな。ほれ、お前も食べろ。何か報告があるならば食べながら聞こう」
株式会社は儲けるためというよりは新しい技術の普及と生活必需品の価格誘導のためだけどな。まぁ、利益が出ればラッキーぐらいの感覚だ。
「分かりました。じゃあ、これをいただきます」
そう言って貞康は俺の前に座ると饅頭に手を伸ばす。この中では煎餅の次に馴染みがあるだろうからな。食べ物なんだからもう少し冒険してもいいと思うんだけどな。俺は・・・最中にしよう。
「うん、うまい。それで今日はどうした」
「法務奉行所が大名統制のための法である武家諸法度と旗本統制のための法である諸士法度の法案を提出してきました。父上にも目を通していただこうかと。む、なかなかうまいな。亀にも食べさせるか」
「どれ、見てみるか」
残った最中を口に押し込み茶で流し込んで貞康から法案を受け取る。武家諸法度は・・・ところどころ史実と違うところがあるな。武芸や学問を嗜むこと、2年おきに大阪と領地を交代勤務すること、奉行・次官は大阪に常駐すること、子供は2歳から大阪に置くこと、築城・改築は幕府の許可を得て行うこと、謀反を起こさないこと、私闘の禁止、結婚・養子縁組は幕府の許可を得ること、殉死の禁止、領地での政務は清廉に行うこと、藩の収入を毎年報告し、利益の一部を幕府に納めること、次男以降は陸水軍のどちらかに勤めること、全て幕府の法令に従い、どこにおいてもこれを遵守することか。
「教育についてはこれに入れんのか」
「それは別の法度でということです」
「そうか」
頷きながら大福に手を伸ばす。教育に関しては大名と旗本だからな。別の法度にするのは仕方ないか。諸士法度の方は・・・武芸や学問を嗜むこと、いずれかの奉行所に必ず所属し、幕府のために働くこと、大阪又は命じられた土地に常駐すること、子供は2歳から大阪に置くこと、私闘の禁止、領地は幕府が管理し、俸給を幕府から受け取ること、謀反を起こさないこと、賄賂を受け取らないこと、常に公正であること、結婚・養子縁組は幕府の許可を得ること、全て幕府の法令に従い、どこにおいてもこれを遵守することか。まぁ、こんなものだろう。俺としては旗本への俸給は役に応じて変えるべきだと思うけどさすがにそれは難しいか。今は領地の利益―税+役に応じた俸給といった感じだ。最終的には役に報じた俸給だけにしたいところだな。ま、少しずつだ。この歴史の旗本はかなり多いからな。元が大身の者には銭で褒美を払っていたが、少ない領地の者には土地をあげていた。おかげでそこまで大きな大名はあまりいないが、旗本クラスが大量にいる状況だ。惟宗の直轄地は各奉行所から数名、各郡に派遣して年貢の徴収などを行っているから多いに越したことはないんだけどな。この各郡に派遣している旗本は2・3年で移動している。土地に定着して癒着なんてあったら困るからな。
「よいのではないか。とりあえずはこれで問題ないだろう。何か不都合があればその都度変えていけばよい」
「分かりました。では法務奉行所に今度の評定に提案するよう指示しておきます」
「うむ。ところでどうだ、惟宗の砂糖で作った菓子はうまかろう」
「はい。あとで亀にも持っていこうと思います」
「そうか。俺も政千代に持っていくか」
久しぶりに夫婦水入らずで菓子を食べるのも悪くないかもな。
「それともう一つ」
「ん、どうした」
「実は亀が妊娠しました」
「おぉ、それはめでたい」
三人目の孫か。楽しみだな。熊太郎は傅役と一緒に勉強や武芸に励んでいるからな。なかなか遊べないんだよ。
「それで今のうちに生まれてくる子の将来を決めておこうかと考えています」
「そうか、早いような気がするが」
「父上だって内貞と貞親の将来はすぐに決められたではないですか」
「まぁ。そうだが」
あれは特殊例というか、大友はそういう条件で寝返ってもらったんだし、一条も本家の支援のために必要だったし。まぁ、孫の教育は貞康の好きにすればいいか。
「それでどうする予定だ」
「男子ならば戸次家を継がせようと思います。女子であれば康胤の子の伊平太に嫁がせようと考えています」
「伊平太か。康胤の子であれば安心だ。しかし・・・」
「しかし?」
「戸次家にというのは舅殿の跡をという意味だったのだろうが、舅殿の跡は誾千代に継がせたいとさっき言っていたぞ」
「誾千代って、女子ではありませんか」
「そうだな」
おれもこの歴史でも誾千代が継ぐとは思ってなかったな。何人か養子をとっていたからその中から選ぶものだと思っていたのだが。おれはいいと思うけどな、女藩主誾千代。いつかドラマにしてくれそうな感じだ。
「ま、その辺りは舅殿と相談しておけ」
「は、はぁ」




