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降伏

――――――――1539年11月1日 直谷城 志佐純次―――――――――

「殿、そろいました」

「分かった」

まったく、平戸の兄もたいしたことはないな。


あの兄が我らが宗とかいうよそ者に負けるわけがないのだろうにあのように余計な心配をして志佐の勢力が大きくなる機会を作ってしまうとはな。宗は波多・相神松浦を倒して松浦郡最大の勢力になった。しかし波多は初戦で当主が討死したことで混乱して負けた。相神松浦は我らが圧力をかけていたところを横からとられたようなものだ。両方とも力が強いから勝てたわけではない。それをなぜ恐れなければならん。おおかた平戸の兄は耄碌したのだろう。それで息子に平戸の跡を継いでほしいから宗に降りその確証が欲しいに違いない。そのようなものに平戸松浦を任せることはできん。この戦で宗は大したことがないことを証明して俺が平戸松浦を継いでみせる。


「純次殿」

「おぉ、盛胤殿。今回の馳走かたじけない」

部屋を出たところで遠藤盛胤殿と会った。

「なに、宗がこれ以上力をつけると困るのはこちらも同じなので今回の宗攻めにはとても期待しておりますよ」

「お任せください。我らが協力して当たれば松浦郡に敵なしですよ」

「はははっ、これは頼もしいことですな。ところで最近、興信様の体調が優れないという噂が流れているのはご存知ですかな」

兄が体調不良?そのような話は聞いたことはないが。

「その様子を見るとご存知ないようですな。まぁ仕方ありません。これは秘中の秘、知らされているのもごくわずかだけだそうですので」

なぜそのような話を知っているのかは気になるがそれより話の内容だ。

「それで兄上はどれほど体調が悪いので?」

「時折咳き込まれたり熱を出されたり。ひどいときは十日ほど寝込まれていたこともあるそうです」

「それはただの風邪ではないので」

「さて、どうでしょうな。ですがいま亡くなられると誰が興信様の跡を継ぐことになるのかと心配する声もあるようです」

「兄上の子の源三郎様が継ぐのでは?」

「しかし歳はまだ11。宗を相手にするのには若すぎるのではないかと皆心配しております。興信様の弟である純次殿の方がよいのではないかとの声もあります」

それはうれしい話だな。しかし盛胤殿はどのような意図でこの話をしているのだろうか。兄上に頼まれて俺が源三郎に歯向かわないか調べに来たのだろうか。とりあえず当たり障りのない返事にしておくか。

「宗熊太郎は3歳で父親の跡を継いだそうです。それより歳を重ねている源三郎様にできないはずがないと思いますが」

「では純次殿は源三郎様を御支えするということですか」

「亡き父上もそう願っているかと」

「そうですか。しかし純次様を当主にという声は小さくないということをお忘れにならないでください。今回の遠征にはその者たちばかりです。もちろん私も」

俺が当主になることを望むものばかりだと。兄はどういう意図で今回の遠征軍を構成したのだろうか。俺が暴発することを促しているのだろうか。それとも宗との戦で源三郎反対派がつぶれることを望んだ?分からん、だがそれらが兄の目的ならば今回の戦は我らが宗に負けることが前提になっているはずだ。つまり我らが宗に勝てばいいのだ。そうすれば兄の目的が何であれそれを挫くことができるし俺を当主にという声も大きくなるだろう。いや、宗を討ち果たした後平戸に取って返して兄を討ち取るという手もあるな。幸いにも今回の遠征軍の主だった将は俺を当主にと考えているようだからいけるかもしれないな。うむ、夢が広がるな。


――――――――1539年11月20日 勝尾嶽城 松浦興信――――――――

「やはり負けたか。松園休也を討ち取ったと知らせを聞いた時は焦ったものだが」

「どうやら宗も我らと似たようなことを考えていたようですな。松園休也が死んでから援軍を出しました。それに城の間取りも寝返ったものを通じて知らされていたようです」

「やはり宗は家中に調略の手を入れていたか」

「忍びの者が動いているようですがどのような者たちかは分かっておりません。宗が大きくなったのもその者たちの働きが大きいようです」

忍びか、たしか嬉野のあたりに忍びの里があった筈だ。降伏が受け入れられたらそこから雇ってみるか。いや、逆心ありと思われるかもしれんからやめておこう。

「しかし殿はまこと運がよろしい。今回の戦は志佐純次などの奸臣を取り除くことが目的だったとはいえ殆どのものが討死するとは」

「あとは宗に降伏して今回の件は終わりだが他の者たちはどのような様子だ」

「皆、宗の報復を恐れています。まぁ仕方ありませんな。恐らく宗は邪魔な家臣を取り除いたつもりでしょうが多くの者が宗が怒っていると考えているようで降伏の説得は容易にできそうです」

「では降伏の条件を考えなければならんな」

「ところで殿はどこまでならばそうな要求を飲むことができるでしょうか。以前領地を変えられても降伏すると言っていましたが」

「平戸松浦家の存続と源三郎の家督相続は譲れんがそれ以外は全て宗の要求を認めて構わん」

「殿、それは流石に・・・」

「仕方なかろう、我らは一度宗と敵対したのだ。どのような条件であれ家を存続できるのであれば受け入れねばならん。交渉は安昌に任せる」

「はっ」

これでうまくいけば良いのだが。まぁそこは安昌の腕の見せ所だな。

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