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蝦夷地

――――――――――1580年5月1日 近衛邸 一条内基―――――――――

「そうか、奥羽の諸大名が大坂城に集まりつつあるか」

「奥羽だけでなく日ノ本中の大名が集められています。鎮守府大将軍になったとはいえ、まだ幕府と言えるものを作ったわけではありません。おそらく今回の戦が終わり次第、新しい政の仕組みを決めて新たな世を作るために諸大名を集めたと思われます」

「新たな世か。その世では麿はいらないようでおじゃるの」

そう言って関白様が深く溜息をつかれる。よく見ると目の下にはくまもできている。最近はあまりよく眠れていないのだろうか。

「其の方も聞いているでおじゃろう。麿が隠居するよう言われていることを」

「はい。養子が関わっていることですので」

「まさか惟宗が麿を隠居させようとするとは思わなんだ。言ってきたのはその方の養子であったがあれは前内府の意向であろうの」

「麿にもいずれは一条家の家督を譲るよう迫ってきました。麿には子がいませんので内貞に譲るのは仕方のないことではありますが」

惟宗は日ノ本の統一が目の前になると急に朝廷に対して干渉を強めてきた。まるでこれでは二条派が言っていたことが正しかったようではないか。そのせいもあって最近は二条派の声は大きくなっている。もっともその声は関白様の隠居を求めるものであるが。二条派はこの干渉に乗じて朝廷の主導権を近衛から奪い返したいのだろう。

「だいたい信尹は最近元服したばかりで位階も低い。内大臣になるにはあと2・3年は最低でも必要じゃろう。その間に二条派が朝廷の主導権を握るようなことがあればどうなる。二条派は己の勢力を大きくすることしか考えていない。そこに惟宗が付け込めば朝廷はこれまで以上に存在感をなくすぞ」

「左様です」

「しかし今回は帝の譲位がある。惟宗の機嫌を損ねるわけにはいかん」

そうだ。すでに惟宗は仙洞御所の造営を進めているがいつでも中止することができると言ってきた。譲位が上首尾に終わるかは惟宗の支援にかかっているのだ。

「はぁ、仕方ないの。このまま近衛の利益だけを考えていては帝に御迷惑をおかけすることになる。隠居するしかないか」

「関白様・・・」

「左大臣、其の方が家督を譲るのはまだ先なのであろう。帝と朝廷を頼むぞ」

「もちろんにございます。おのれの利益のみを考える二条派の好きになどさせません。信尹殿とともに朝廷を盛り立てて見せましょう」

「頼んだぞ。惟宗には帝とともに隠居すると伝えておいてくれ」


―――――――――1580年7月30日 石川城 惟宗貞康―――――――――

「御屋形様、失礼します」

そう言って叔父上が入ってきた。

「叔父上、いかがしましたか」

「蠣崎より書状が届きましたのでそれを届けに」

「そんなことは三成や吉継たち近習に任せていればよろしいでしょうに」

「よいではないですか。どうせあとは大浦為信が籠城している堀越城のみ。それもすでに包囲しているのですからもう終わったも同然ですよ」

「だといいのですが」

そう言いながら書状を受け取って開く。

「蠣崎の書状にはなんと」

「惟宗に降伏するとのことです。あと数日もすれば当主がこちらに到着すると」

「では改易を受け入れるということですか」

「そのようです。これで日ノ本の統一はもう目の前です」

あとは目の前の堀越城を落とせば日ノ本を統一することができる。ようやく乱世が終わる。

「いよいよ太平の世が来ますな。しかし大変なのはこれからですぞ、御屋形様」

「分かっています。これから新たな幕府の仕組みを作り、それが続くようにしなければ。この戦もその一つです」

今回の戦は惟宗の兵だけで行った。他の大名たちの力は借りていない。それは惟宗と敵対したら10万以上の兵がこちらに攻めてくると諸大名に知らしめるためでもあった。これで相当の阿呆でない限り惟宗に、幕府に逆らおうとしないだろう。

「叔父上、これからのことですが。叔父上には旧蘆名領に移ってもらおうと考えています」

「蘆名領ですか。石高でいうと・・・60万石ほどですな。よろしいのですか」

「構いません。関東・上杉・奥羽の監視をしてもらいます」

こっちの方は西側に比べて大大名が多い。上杉・伊達・徳川。これからが手を組んだら面倒なことになりかねない。しっかり監視してもらわないと。

「そういえば父上が蠣崎が御家存続を要求してきても必ず潰せと言われたのですが。先の北条征伐でも蠣崎には参陣せよと書状を出していませんでした。なぜでしょうか」

「さて、兄上の考えられることはずいぶん先を見越したことが多いですので何とも言えませんが、おそらく蝦夷地を蠣崎に与えるのは危険だと判断したのではないでしょうか」

「危険?」

ろくに米も育てることができないほどの極寒の地だと聞いているが。

「蝦夷地は昆布や鮭など交易の品が大量にあります。それに惟宗では稲の品種改良とやらを行っていますので」

「あぁ、そういえばそんなことをしている者がいると聞いたことがあります。たしか新しい技術を開発する者たちはよく報告を受けますが」

「そこでは稲を疫病に強いものにしたり、寒さに強いものにしたりしているようです。まだ成果は出ていないようですが、もし寒さに強い稲ができれば広大な蝦夷地は豊かになりましょう。それを兄上は警戒したのでしょう。惟宗に頼らず大きくなった大名は幕府に従うことに不満を持ちかねません。ま、これはあくまで私の推察でしかございませんが」

父上はそこまで考えていたのか。戦の事を受け継いだとはいえ、内政の方もしっかりと学ばねば。父上が生きているうちに。

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