奥州征伐
――――――――1580年4月10日 横手城 小野寺景道―――――――――
「じゅ、10万だと」
伊達領に置いておいた者の報告を聞いて思わず叫んでしまった。惟宗は去年20万以上の兵を動かして北条征伐を行ったのだぞ。それなのに10万もの兵を動かす余裕があるのか。いや、惟宗に余裕があったとしても惟宗の配下となった諸大名はそんな余裕はないはず。どうなっておるのだ。
「総大将は惟宗貞康。将はほとんどが譜代か親族衆にございます」
「外様の大名たちはどうしておる。参加していないのか」
「上杉をはじめ佐竹・伊達・葛西・最上・徳川など参陣する可能性が高い大名たちの旗印は見当たりませんでした」
「最上もだと。今回攻め入るところに最上八楯がいるのだぞ。それなのになぜ最上を使わないのだ」
「分かりません。しかし惟宗と入れ替わるように上洛したと報告がありました」
上洛?どういうことだ。普通ならば戦に参加するはずだ。それなのに戦に参加しないどころか上洛だと。
「伊達以南の大名たちが少数ながら戦の支度をしていると報告がありましたな」
これまで黙って聞いていた姉崎がふと呟く。
「おい、伊達以南の大名たちはどうしている」
「分かりません。少なくとも今回の戦には参陣していないようです」
「すぐに調べろ」
参陣していたとしたらただの道案内であろう。しかし参陣していないならそれはそれでいい。多少気になるがどうせこっちに来ないのであれば大した問題ではない。
「それで惟宗は今何をしている」
「現在は兵を二つに分けて進軍しています。一方は貞康が6万の兵を率いて最上八楯を攻めています。もう一方は康正が4万の兵を率いて大崎を攻めています」
最上八楯と大崎はあきらめるしかないな。双方ともに万の兵に攻められたらとても持ちこたえるとは思えない。
「ほかの大名たちはどうしている。俺の書状は受け取ったのだろう」
「和賀は家督を幼い嫡男に譲り、隠居しました。おそらくそれで許しを請おうとしているのでしょう。戦の用意すらしていませんでした」
なんとのんきな。そのようなことで許しをもらえるわけがないだろうに。
「矢島・禰々井はすでにこちらに兵を率いて向かっています。しかし惟宗に対抗するにはとても数が足りているとは言えません。阿曽沼・稗貫・斯波は籠城の準備を進めています。おそらく殿が諸大名に送った書状は無視したのでしょう」
「南部はどうした」
「あいかわらず大浦・九戸・南部でにらみ合っています。とても協力して惟宗に備えようという様子はありません」
くそっ。周りの勢力が馬鹿だと面倒なことばかりだ。ここで協力して惟宗を迎え撃った方がよっぽど勝算があるだろうに。ええい、どうしたものか。
―――――――――――1580年4月30日 大坂城―――――――――――
「これは・・・参りました」
しばらくバンをにらんでいた政宗がようやく顔をあげて降参した。
「さすが御隠居様にございます。ここまでお上手とは。この政宗、感服いたしました」
「そういう政宗もなかなかの腕前だな。その歳でこれだけとは」
まさかあそこで攻めてくるとは思わなかった。今度、算砂や宗圭と手合わせさせたいな。
「それにしても今回の戦は参陣しなくてよかったのですか」
「なに、必要ないさ。今回は楽な戦だ。伊達に道案内をしてもらっているからな。たしか道案内をしている将は片倉景綱とか言ったな。政宗の近習とも聞いているぞ」
「はい。景綱は私の右腕、いや右目にございます」
「そうか。若いのになかなか良く働いてくれていると昨日貞康から手紙が来た。領地の安堵についてはしつこく言われたともな」
「それは・・・お恥ずかしい限りです」
政宗はそう言って少し恥ずかしそうに顔を赤くする。
「なに、良い家臣に囲まれて羨ましいことだ」
「恐れ入りまする」
そう言って政宗が頭を下げる。まだ14歳なのに大人びているな。前世だったら中学生なのに。もしかしたら俺がまだ元服する前は家臣たちも似たようなことを考えていたのかな。
「大坂はどうだ。奥羽にはないものもあるだろう」
「はい。目に入るもの口にするもの、珍しいものばかりです」
「そうか、何が珍しかったか」
「やはり城下町があれほど活気があるのがまず珍しかったです。人が多く、店もいろんなものがありました。それと酒がおいしかったです」
おい、誰だ。こんな子供に酒なんて教えたやつは。酒やたばこの年齢制限を法律でちゃんと決めといた方がいいかもしれないな。
「それから他では見ない料理や道具もありました。何より一番珍しかったのはこの黄金の部屋です。これほどの部屋は天下広しといえどもここだけでしょう」
偉いな。ここでちゃんとお世辞を入れることができるなんて。
「そうか、よく見ていくといい。これからの大名の仕事は戦ではなく領内を発展させることになる」
「領内の発展ですか」
「開墾したり、鉱山を見つけたり、新しいものを発明したり、珍しいものを作ったりして国内外で交易をするのだ。惟宗はそうやって大きくなった」
ま、あの政宗には釈迦に説法かな。史実ではずんだ餅とかいろんなものを作っている。きっと太平の世ではいい当主になるだろう。
「ま、励むといい。奥羽はちと貧しいからな。伊達が豊かになれば周りの大名もそれを見て領内の発展に力を入れるだろう」
「はい、非才の身ではございますが惟宗家のため、領民のため努めてまいります」




