北条征伐7
―――――――――――1579年8月15日 石垣山城―――――――――――
「は?死んだだと」
貞康方の報告に思わず驚いてしまった。しかしあの生きることと幕府の復興にしがみついているような男がこうもあっさり死ぬとはな。
「はい。氏政の指示で幕臣たちを一斉にとらえ大樹に切腹を迫ったと。義昭もかなり抵抗したようですが義輝は潔く自害したのだから義昭もと氏政が言ったことで諦めて自害したようです」
「氏政が?よほど義昭は降伏に反対したのだろうな。北条の家臣の中で降伏反対派が出てくる程度には」
「おそらくそうでしょう。義昭が死んだのを見届けて氏政も切腹したようです。家督は氏直が継ぐと」
「それで降伏は」
当主が入れ替わったから降伏はなしでなんて言ってくるんじゃないだろうな。
「降伏はするようです。しかし使者としてきた板部岡江雪斎は氏直の延命と、主要家臣の切腹を松田憲秀と大道寺政繁の二人にとどめてほしいと。いかがしますか」
氏直の延命の件はまぁ、いいだろう。氏直はまだ若いし、高野山にでも蟄居させておけば問題ないはずだ。しかし切腹を二人だけにするのは受け入れられないな。風魔一族の話では確かにその二人が抗戦派の筆頭だったと聞いている。しかしその二人だけでなく、一族の氏照などほかにも徹底抗戦をといったものは多くいたと聞いている。
「氏直の延命は認めよう。代わりに切腹を免れた家臣とともに高野山に蟄居を命じればいい。しかし家臣の切腹は松田憲秀と大道寺政繁の二人だけでは足りん。最低でも徹底抗戦を主張したほかの主要家臣も切腹させねば。惟宗に逆らえば当主だけでなく家臣たちにも厳しい処罰が与えられるという前例を作らねばならん。あ、城兵の助命なら認めてやれ」
「分かりました。ではそのように伝えましょう」
ここで甘い処分を降せば惟宗が舐められる。惟宗は強い天下人にならないといけないから、舐められるわけにはいかないのだ。
「それからこれからの事ですが。爺様が那須領を平定し、二階堂領の大半を制圧したとのことです。このまま奥羽に攻め入っても問題ないのではないでしょうか」
「そうだな。今回の戦で奥羽のすべてを制圧するのは難しいだろうが伊達領より南側の反惟宗派の大名は潰しておいた方がいいだろう」
それだけならそこまで時間もかからないだろうし、兵糧の問題も何とかなる。
「分かりました。ではそのようにします」
「あ、そうだ。それから今回参陣しなかった大名に書状を送れ。もし次の奥羽平定までに当主が惟宗に挨拶に来なければ根切りにする、しかし挨拶に来れば改易のみで済ませてやるとな」
―――――――――1579年9月1日 横手城 小野寺景道―――――――――
「なんだこれはっ」
ふざけよって。このようなふざけた書状は初めてだぞ
「殿、いかがしましたか」
道為が不安そうにこちらを見る。
「惟宗が次に奥羽を訪れた時に当主が挨拶に来なければ根切りにする、もし来たとしても改易は免れないものと思え、と書いてあるわ」
「挨拶に行ったとしても改易!?そんな無茶な」
「くそっ。これなら戸沢を無視してでも参陣するべきであったわ。忌々しきは戸沢盛安よ」
あの男め、惟宗の参陣命令が来たとたん、家督をまだ4歳の弟に継がせて少ない兵を付けて北条征伐に参陣させよった。そのうえ自分は領内の兵を大勢集めてこちらを攻める様子を見せよった。それに警戒しなければならないせいで北条征伐には参陣できなかった。ええい、あの男が素直に北条征伐に参陣しておれば我ら小野寺も少しは安心して北条征伐に参陣できたというのに。これもすべて戸沢盛安のせいだ。
「殿、いかがしますか。現在惟宗は二階堂・蘆名・田村・相馬を攻めるべく北上しています。さすがに今年中に攻めてくることはないでしょうが、早ければ来年にも」
「分かっておるわ。しかしどうしたものか。頭を下げて改易されるか、徹底抗戦して皆殺しになるか」
前者は要するに命乞いに出向けと言っているようなものではないか。改易された後はどうすればいいのだ。家臣たちはいい。どうせ新たにここの領主となったものに仕えればいいのだからな。しかし儂はどうだ。少なくともここから離れなければならない。そのうえどこかの大名家に仕えることができなければ流浪の身となる。そんなの冗談じゃない。
「殿、ここは無用な戦を避けるためにも惟宗に挨拶をするべきではないでしょうか」
「道為殿、何を言われるか。惟宗は今回の戦で大軍を使った。そのせいで当分は大規模な戦を仕掛ける余裕はないはず。ここはできるだけ粘り小野寺の武威を見せつけ、講和を結ぶことで改易を逃れるべきです」
「それは少し楽観的すぎではありませんか、道行殿。たとえ今回ほどの大軍は動かせなくとも5万や10万ぐらいなら動かせましょう。惟宗にとってはそれほどの大軍ではないかもしれませんが、我らにとっては致命的なほどの大軍。それを相手することができますか」
「今回参陣していないところから味方を募ればいい」
「今回参陣しなかったものはたいして大きく無い国人か、内に不安を抱えて動けなかった大名ぐらいですぞ。それに期待するなど」
「よし、決めたぞ」
突然声をあげて家臣たちの議論を遮る。
「我らは徹底抗戦をする。すぐにほかの大名へ使者を送れ」




