北条征伐3
―――――――――――1579年7月20日 大坂城――――――――――――
「うーん、やっぱりこっちかな」
「いや、こっちの方がいいんじゃないか」
内貞と貞親が腕を組みながら二人で次の手を考えている。初めは俺と一対一でしていたのだがどうも勝負にならないということで変則的ではあるが一対二で将棋をしている。いちおうこいつらにも仕事はあるんだけどな。内貞は譲位の準備の総轄を、貞親には兵糧などの物資の輸送の指揮をしないといけないはずだ。ま、譲位は藤孝たちが中心となってしているし、物資の輸送も昨日、輸送部隊が出立したばかりだ。しかし二卵性双生児だから顔は似ていないが、性格はとても似ている。特に将棋で指す手なんてほとんど同じだ。
「あれ、よく見たらこれ後5手詰むんじゃないか」
「えっ。嘘だろ。あっ、本当だ」
えっ、マジか。そう言われてみればあと5手で詰むな。危ない、危ない。ここで気が付かなかったことがばれたくないし、堂々としておこう。
「父上、もう少し手加減をしてください」
「そうです、大人げないですよ」
「ふん、手加減してもらって勝ったところで楽しくないだろう。将棋にせよ囲碁にせよ、勝負がつくものであればだれが相手であっても全力でするのが礼儀というものだ。例えばこの間近衛様と将棋をして俺は手加減せずに勝ったが、近衛様は特に機嫌が悪くなったということはなかった。それどころかその後には太政大臣にしたいとまで言ってくださった。逆に宗圭の時は」
「ちょっと待ってください。太政大臣とは何のことですか」
内貞が慌てたように俺の話を遮った。何だよ、せっかく宗圭との将棋の話をしようとしたのに。
「太政大臣は太政大臣だ。ただの名誉職だから辞退するつもりだがな」
「辞退するのですか。官職の中では最も位の高い職ですよ」
「なんと、勿体ない。名誉職でもないよりましでしょうに」
俺の言葉に二人があり得ないというような顔をする。そんなにあり得ないかな。
「これが関白であれば、公武両方の上に立つという意味ではいいと思ったのだがな。太政大臣はさっきも言ったが名誉職でしかない。それを与えるということは俺に官職を与えることで恩義を感じさせて自分たちの思い通りにしようと考えている可能性が高い。首輪付になるぐらいならいらんわ」
「しかし・・・」
「お前たち、特に内貞。朝廷や公家をあまり舐めてみない方がいいぞ。あれは武家より強かで面倒だ。それに武家というものを基本的に見下している。この国で最も偉いのは帝で自分たちはその次、そして公家の次が武家であり惟宗であると考えているものが大半だろう」
名門意識というものはそう簡単になくなるものではない。朝廷がまだ何とか持っていることもそれを助長しているだろう。だがそれではだめだ。惟宗のもとに権力を集中させるためにも江戸時代の公家諸法度のような、あるいはそれ以上に公家や朝廷を束縛する仕組みがいる。
「俺が生きているうちは問題ないだろう。貞康やお前たちが生きている間もだ。その次の代も問題ないな。だがその次はどうか、100年、200年後はどうか。真の意味で日ノ本を統一するには公家も支配下に置かないといけない。そのためには内貞の力が必要だろう」
「私ですか」
「そうだ。初めは土佐の安定のために一条家の養子になったが一条本家の内基様には子がいない。養子になっていることを理由にお前を摂関家の当主にすることができる。お前は摂関家の当主になり朝廷の中から惟宗が有利になるよう働きかけるのだ」
「私が摂関家の当主に」
「そう。そして関白となれ。そのために惟宗はできるだけの事をしよう。関白は公家の中で最も偉い。その関白が惟宗当主に、鎮守府大将軍に頭を下げる。そうすることで公家は惟宗より下であると示す」
内貞が一条家の養子になったことは奇貨だ。それを利用しない手はない。俺の代で何としてでも惟宗の天下を盤石なものにして見せる。そして江戸時代のように朝廷の手綱を握ることに失敗しないようにしないと。
「父上、俺は何をすればいいですか」
「貞親は九州の取りまとめ役と朝鮮や明、南蛮の抑えと西国の大名の監視役だ。西国は東国に比べて力の大きい大名が多い。島津や阿蘇、毛利に河野や宇喜多。それらににらみを利かせながら外つ国に備える。つまり幕府の盾となるのだ」
「幕府の盾」
この歴史ではすでにイスパニアに喧嘩を売っている。それが今後どう影響してくるか、まったくわからない。分からないからこそしっかりと備えをしておかないと。なんだか子供を利用しているみたいだな。いい親ではないのは間違いない。だがこの国を守るためには惟宗が強くないと。それに惟宗が強いということは子供たちのためにもなるはずだ。
「よし、俺が生きているうちに練習でもしておくか」
「練習ですか」
「俺はこれから近衛様に太政大臣の件を断って小田原に出陣する。内貞は朝廷が次の手を打ってくる前に近衛様を隠居させて、内基様から内貞が一条家を継ぐことを認めさせろ」
「はい」
「貞親は外つ国が真っ先に攻めてくるであろう対馬と琉球での防衛策を纏めろ。北条征伐が終わったら俺と貞康に見せろ」
「分かりました」




