北条征伐2
――――――――1579年5月20日 阿弥陀寺 佐竹義重―――――――――
「お初にお目にかかります。佐竹義重にございまする。そしてこちらに控えまするは嫡男の徳寿丸にございます」
「徳寿丸にございます」
「惟宗貞康である。面をあげよ」
「「はっ」」
貞康殿、いや御屋形様に促されて顔をあげる。これが儂の、佐竹の主となる人物か。真面目そうな方だ。諸将から聞いた話でもまじめで堅実な政を行う方だと聞いている。おそらく父親の御隠居様が厳しく育てるよう傅役に言っていたのだろう。家臣たちもなかなかの人物が集まっていると見ていいな。
「今回の北条征伐への参陣、うれしく思う」
嬉しく思うと言って入るが顔色はそこまで嬉しそうではない。おそらく予定より遅くなってしまったことに不満を持っているのだろう。
「朝敵である北条に味方するのは帝に弓を引くのも同然。そのような大罪を行うはずがありません。ぜひ佐竹に小田原城攻めの先鋒を賜りたく」
「気が早いな。もちろん佐竹には活躍を期待しているがこの小田原城は兵糧攻めで落とす。戦働きは奥羽で戦が起きた時の楽しみとさせてもらうぞ。特に関東一と謳われる鉄砲隊には期待している」
二十万以上の兵を動かして兵糧攻めか。これだけの大軍を動かしたのだからてっきり一気に攻め落とすつもりなのかと思っていたが。どうやら慎重な性格らしい。
「はっ。鉄砲隊は惟宗家には劣りますが当家の自慢の兵たちにございます。必ずや御屋形様のため、惟宗家の御為に手柄をあげてごらんに見せまする」
「うん、期待しているぞ。弁丸」
満足そうに頷かれると側にいた小姓に声をかけた。小姓は一礼してその場を去る。弁丸というとたしか真田の次男ではなかったか。
「ところで嫡男を連れてきたということは人質にということか」
「はい。我らは人質が無くとも御屋形様を裏切りるつもりはございません。が、御屋形様やほかの皆さまが佐竹の事を信用できるのか不安に思われることでしょう。それで佐竹が御屋形様を裏切らないという証に嫡男の徳寿丸を人質として御側に置いていただければと」
「惟宗は人質を取ることはない。なので人質として側に置くことはできない。だが小姓として出仕させたいというのであれば北条征伐が終わり次第決める。今回のところは連れて帰るよう」
「はっ。信用していただけたこと、お礼申し上げます」
話には聞いていたが本当に人質を取らないのだな。隣を見ると徳寿丸がうれしそうに頭を下げている。はぁ、あとで人質を取らないことの意味をしっかりと伝えておかねば。惟宗にとって佐竹は裏切られてもすぐに滅ぼすことができる、いつでも切り捨ていることができるという認識なのだろう。ここではこれまで以上に慎重に動かねば。
――――――――1579年7月10日 阿弥陀寺 惟宗貞康―――――――――
「ふぅ」
一仕事を終えたところでつい溜息が出てしまった。戦のたびに思うことだがこれだけの大軍を動かすということはかなり大変なことなのだな。兵糧の確認や病がはやっていないか、敵の様子の確認に調略のための密書。やることが多いし、ほかの者に任せられないものもある。父上はこれを幼いころからしていたのだな。それを考えると父上の後をきちんと務めることができるか不安になる。もし何とか務めることができたとしても熊太郎をそのように育てることができるだろうか。下手をしたら俺が死んだ後に南蛮が攻めてくることもあり得る。俺が死んだ後ではほかの戦を経験している者もほとんどいなくなっているだろう。それで南蛮からの侵略を防ぐことができるだろうか。父上も俺を育てているときはこのように思っていたのだろうか。戦を終えたら傅役の事を含めて父上と相談しよう。いちおう傅役は考えている。康興と盛円と隆景だ。あの三人なら滅多なことはないだろう。
「失礼しますぞ」
「おぉ、叔父上。いかがしましたか」
「笠懸山の黒田からの報告です。完成したと」
「そうでしたか。では明日にでも諸将を集めて」
「そうですな」
すでに佐竹・伊達・葛西・最上・秋田・大宝寺・戸沢・石川・岩城が参陣した。あれを見せるころ合いだろう。
「それから伊賀衆からの報告です。風魔一族がこちらに付くことに同意したと」
「そうですか。これで安心して寝れます」
風魔一族は父上も警戒されていた。それがこちらに付くとなればこの戦はより楽なものになるな。
「ところで菊王丸は元気にしていますか」
「御屋形様、あれにはもう貞勝という名があるのですからいつまでも幼名で呼んでやらないでくだされ。貞勝は文句を言いながらも兵站衆の手伝いをしていますよ。あれは嫌がっているようですが兵站などの裏方の方が向いています。これもいい機会でしょう」
「そうですか。いずれは嫁を探さないといけませんね」
「それは内貞と貞親もでしょう。内貞は一条家の養子となったのですから公家からですかな。貞親は大友の分家からとった方がいいでしょう。貞勝については御屋形様にお任せします」
そうだな。内貞と貞親は養子入りしたからそっちの縁故の者の方がいいだろう。貞勝は数少ない親族衆だ。妙なところの娘を迎えるわけにはいかんな。
「内貞は特に考えねばいけません。一条本家の内基様は子がおられません。場合によっては内貞が継ぐことになるやもしれません。貞親も九州の安定を盤石なものにするためにも慎重にならねば。もちろん貞勝も」
「そうですな。ま、そのあたりは御隠居様も何か考えておられるでしょう。御隠居様とご相談された方がよろしいかと。あぁ、もちろん御屋形様が頼りないから御隠居様を頼るように言っているのではないですぞ。親が生きている間は頼った方がよいということです。我ら兄弟は幼いころに父を亡くしましたので」
「そうですね。父上もたまに御婆様と話をしていました」
「あれはただのご機嫌伺ですよ」
俺の言葉に叔父上が苦々しそうに言う。ただのご機嫌伺とはどういうことだろうか。
「あの人は昔から父上と母上とはうまくいっていないので。しかしそれが外に漏れれば御家騒動になるとご機嫌伺にはいきます。そして実際には兄上は何でも一人で事をなします。本来は親がしないといけない私の養育にも関わって」
「叔父上の」
「今考えるとおかしいのですけどね。十二、三歳の子がそれより幼い弟の育て方について悩むなんて。ですから私は出来るだけ兄上や私を頼ってほしいのです。兄上は何でも一人で抱え込んでしまう。それでうまくいくのですから立派で偉大ですが、同時に異常でもあります」
「異常ですか」
まさかあの叔父上が父上の事をそのように見ていたとは。俺の印象としては仲の良い兄弟で、父上は叔父上を信頼し、叔父上も父上を信頼していると思っていたのだが。
「あそこまでできるのははっきり言って異常です。その異常性をあなたが真似する必要はありません。あなたはあなたなりにこの日ノ本を治め、子を育てて下さい。その過程で兄上に頼るのは何ら恥でも未熟でもありませんよ」
「・・・分かりました。では叔父上にもしっかり考えてもらいますよ。特に貞勝の嫁について」
「おや、よろしいのですか。私は親馬鹿ですからなかなか相手選びには苦労しますよ」
「覚悟の上です」
そう言って叔父上と見つめ合うとどちらからとなく笑ってしまった。異常な兄を持つ弟と異常な父を持つ子。なんだか似ている気がするな。




