北条征伐1
――――――――1579年2月10日 小田原城 北条氏政―――――――――
「ち、父上。朝廷が我らを朝敵だとして征伐せよと惟宗に命じたそうですぞ。それも節刀まで授けたとか。ど、どうしましょう」
氏直がおろおろしながら言う。まったく、我が息子ながら情けない姿だな。このようなことでいちいちうろたえよって。惟宗が京を支配している以上そうなる可能性ぐらい考えておけ。
「や、やはり大樹を差し出して和睦なり降伏なりするべきではないでしょうか。このままでは北条は滅んでしまいますぞ」
「ええい、落ち着かんか。早雲公から続く北条家を継ぐものとしてもっと堂々とせんか。惟宗は北条を朝敵としたが大樹を朝敵とはしなかった。その意味が分からんのか」
「えっと・・・惟宗は大樹を敵に回すのを恐れて朝敵の対象から外したのでしょうか」
「そんなわけなかろうが。惟宗は大樹の事など目に入っていないのだ。惟宗にとって大樹の頸を取ることは我ら北条を滅ぼすついでのようなもの。大樹を差し出したところで惟宗は北条征伐をやめるつもりはなかろう」
まったく、これで北条の当主としてやっていけるのだろうか。今まで惟宗との戦に備えなければならないから氏直にはあまり己の判断で動く機会を与えてこれなかった。そのせいか自分で決断するということがあまりできなくなっている。もし儂が今ここで死んでしまったら大いに混乱するだろう。せめて惟宗が攻めてきてそれを追い払うまではは死ねないな。しかし追い払えるだろうか。この間の戦で伊豆を攻め取られた。あそこは石高でいえばそこまで高くはないが、北条が誕生した地。それを奪われたことで奥羽の諸大名がどう思うか。仕方ない、何とか上杉や武田の時のように籠城して耐えてみせるか。
「とりあえず皆を集めよ。惟宗は5月に北条征伐を行うと言っている。それまでに準備できることをしておくぞ」
「はい。分かりました」
そう言って氏直が下がる。とりあえず奥羽や関東の諸大名に手紙を出さねば。伊達は無理だな。先代の時はともかく政宗が当主では無理だ。竺丸をたきつけようにもそれを支持する家臣がいないのでは意味がない。伊達に妹を嫁がせている最上も期待できん。それから佐竹も無理だろうな。ついこの間戦をしたばかりだ。大樹にも使者を出したことはない。おそらくどこかで惟宗と連絡を取っていたのだろう。岩城も親佐竹だからこちらにはつかないだろう。石川も親伊達だから無理だな。宇都宮はこの間徹底的に潰しておいたから問題ない。蘆名・大崎・二階堂・那須・葛西・相馬・田村あたりは微妙だ。この辺りを重点的に書状を送っておこう。それから城の守りも固めねば。
―――――――――――1579年4月1日 大坂城 惟宗国康―――――――――――
「皆、面をあげよ」
俺に促されて皆が顔をあげる。その中には上杉景勝もいる。すでに御家騒動を治めたことで上洛する余裕ができたようだな。それと越中の上杉領を惟宗に渡したことで家臣たちに恩賞として渡す土地があまりないらしい。家臣たちにあげる土地を得るためにもこの北条征伐にかけているのだろう。
「今日皆に集まってもらったのはほかでもない。北条征伐についてである」
俺の言葉に皆がざわめく。予想はしていても実際に言われると何か感じるものがあるのだろう。
「北条征伐ではまず兵を三つに分ける。第一軍は俺が率いる。副将には松浦康興・戸次鑑連に命じる」
「「はっ」」
「兵の数は15万。第一軍は東海道を使って小田原城を目指す。次に第二軍の総大将は千葉康胤、副将は上杉景勝・小早川隆景に命じる」
「「「はっ」」」
康胤は父上が最も信頼している将の一人だ。すでにを恩賞として与えられている。これはもとから大きい者たちを除けば最も大きい。
「兵の数は10万。第二軍は東山道を使って小田原城を目指す。次に第三軍は水軍衆だ。総大将は山本貞範に、副将は堀内氏善・河野通直に命じる」
「「「はっ」」」
「水軍衆は北条領に入ろうとする船を徹底的に沈めよ」
これは父上が織田征伐の際に使っていた手だ。いかに武田や上杉の攻撃に耐えた小田原城でも兵糧がなければいずれ落ちるだろう。
「第一軍・第二軍が合流してからは再び兵を二つに分ける。一方はそのまま小田原城を包囲する。兵の数は18万だ。残りの7万は北条に味方する関東の諸城を攻める。この隊は総大将を戸次鑑連、副将を筒井順慶・佐須盛円に命じる」
「「「はっ」」」
すでに頼久に関東の諸将の調略を命じている。よほどの親北条派でない限りこちらにつくだろう。そこまで難しい戦ではないはずだ。
「大阪の留守役には細川藤孝・伊勢貞興に命じる。両名は帝の譲位の準備を進めているように」
「「はっ」」
朝廷関連は幕府がまだ存在していた時から朝廷と関わっている二人に任せておくのがいいだろう。父上も朝廷関連はこの二人に任せることが多い。
「またこの戦では奥羽諸大名に惟宗に降るよう書状を送る。これに応じなかった大名があれば小田原城を攻め落としたのち、奥羽に攻め入る。皆もそのつもりでいるように」




