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御館の乱3

―――――――――1578年5月30日 富山城 樋口与六―――――――――

「お初にお目にかかります。上杉景勝が家臣、樋口与六にございまする」

「惟宗貞康が家臣、千葉康胤だ。面をあげよ」

「はっ」

康胤様に促されて顔をあげる。この方が天下人の右腕とまで称される千葉康胤様か。康胤様が着ている陣羽織は隠居されるときに国康様より譲り受けたものと聞いている。よほどの信頼があるのだろうな。

「この度は我が主、上杉景勝に援軍を送ってくださりまことにありがとうございまする」

「上杉家が混乱すれば奥羽の惟宗領が不安定になる。それを避けるためゆえそこまで畏まられるな」

「いえ。たとえ惟宗のためとはいえ、御味方をしていただくのは変わりありません。それなのに無礼なことがあれば我が主の名誉にかかわります」

「まじめなことで。景勝殿が重用するのもわかる」

「ありがとうございまする」

まだまだ小姓の身。御実城様の御為に何かできたわけではない。これからだ、これから御実城様のために働かなければ。

「それで景勝殿と景虎は今どうしているかな」

「景虎は景勝様に味方している宮野・小川等の城を奪い北条や蘆名が越後に攻め入るための準備を整えています。また春日山城にたびたび攻めよってきていますが、悉く追い払っています。景勝様は現在春日山城に各地の味方を集めて御館に籠る景虎への総攻撃の準備を整えています」

「ではこのまま越後に入り春日山城に向かえば問題ないな」

「はい。ところで北条や蘆名はどう動いているでしょうか。伏齅は越後国内の様子を探るだけで精一杯ですのでなかなか情報が集まらず」

本来ならば北条のような景虎の最大の支援者の情報は把握していなければならないのだが越後に入ってくる様子がないせいで優先度が低い。

「北条は心配しなくていい。すでに松浦康興殿が4万の兵を率いて伊豆に攻め入っている。北条はそちらの対応に追われて越後に兵を送る余裕などないはずだ。蘆名も先の戦で奪われた惟宗領を攻めているがあそこには阿蘇惟将殿と1万の兵が抑えとして置かれている。そう簡単に越後に攻め入ることはできんだろう」

松浦康興様と阿蘇惟将様。康興様は康胤様と同じ時期に御隠居様の小姓となりそれから様々な場で活躍をされていると聞く。惟将様は家臣の甲斐宗運殿が知勇兼備で忠義に篤い方と聞いている。俺もいつかそのように称されるような武将になりたいものだ。

「ではそろそろ出陣するか。与六、道案内頼むぞ」

「はっ」


―――――――――1578年6月10日 米沢城 遠藤基信―――――――――

「はははっ。そうか、北条はすごすごと撤退しよったか。あれだけの大軍を動かしておきながら一度も戦をせんとは情けない」

「そうですな。やはり口ではあれだけ威勢がよくとも惟宗が怖いようです」

報告書を読みながら殿と若様が機嫌良く話される。殿はいちおう親北条の方針なのだから振りだけでも残念がってほしいのだが。ま、ここには殿と若様を除けば私と景綱しかいない。そう外に漏れることはないか。

「父上、北条の様子を見ればわかるように北条単独では惟宗に勝つことはできません。ならば我らが奥羽の大名たちを説得して惟宗に味方させればそう無理は言ってこないでしょう。我らの領地は認められるはずです」

若様が身を乗り出して殿に力説する。確かに理屈でいえばそうだ。しかし人は理屈だけでは動かない。賢い若様だからこそ、そこに気が付いていないのだろう。

「分かっておる。だが説得に応じず、奥羽の大名たちが反惟宗で纏まったらどうする。伊達は孤立してしまい最悪の場合伊達は滅んでしまう。それに奥羽の大名と北条が手を組めば惟宗に勝つことができるかもしれない。勝てないまでも滅ぼされないだけの力をつけるかもしれない」

「父上。そのようなことが本当に起きるとお思いですか。相手は惟宗ですぞ。日ノ本の半分以上を支配下に置き、南蛮との貿易を行うことで多くの財を得ています。この間も琉球に兵を出して制圧したとか。惟宗と敵対して勝てるとは思えません」

「実際に起きるかどうかは関係ない。そうなるかもしれないと家臣たちや諸大名が考えることに意味がある。もし北条が持ちこたえたら、もし親惟宗派になって攻められたら。いま惟宗につくことに反対している者はそう考えている者たちだ」

「あの者たちは惟宗に降ることで己に不利益があるから反対しているのです。あのような伊達のためではなくおのれのために意見を述べる奸臣など」

「当主といえどもそう簡単に家臣たちの意見を無視することはできん。もちろん若い家臣たちの間では惟宗に降るべきという意見の方が多いということも聞いている。だが重臣たちは反惟宗だ。どちらの意見を用いるかは分かるな」

これまで殿を支えてきた重臣たちとまだ功績のない若い家臣たち。他の奥羽の大名でも似たようなことが起きているのだろうな。そしてだいたいの大名が義昭公に使者を送っている。例外は最上と佐竹ぐらいだろうか。

「では父上はどうお考えなのですか」

「儂は惟宗につくべきだとは思うが内で纏まることができないのであれば意味がないと考えておる。だから今は反惟宗だ。たとえ惟宗がお前の大膳大夫任命を認めたとしてもな」

「では反惟宗派の家臣たちは数名上意討ちにしましょう。父上がそれだけ強硬な姿勢を見せれば家臣たちも惟宗着くことを認めるはずです」

「儂が上意討ちにすれば御家騒動に発展するだけだ。それだけは避けねばならん。伊達が滅びることになりかねない」

内で纏まらねばほかの大名に付け込まれる。難しいところだ。

「・・・父上が為されないのであれば私が為すまでです」

「政宗?」

若様が景綱の方を見ると景綱は立ち上がって部屋の外に向かって声をかける。するとすぐに武装したものたちが数人入ってきた。

「これはどういうことだ」

「ここと同じようなことが反惟宗派の家臣のところでも起きています。父上や反惟宗派の家臣たちには隠居して頂き、私が当主となります」

「・・・余計な混乱を招くだけだぞ。そのようなことをしなくとも惟宗の北条征伐の際に」

「それでは遅いのです。惟宗はどんなに小さい落ち度も攻めてくるでしょう。奥羽は婚姻・養子入りなどでややこしいことになっています。奥羽の支配をしっかりとしたものにするためにもそれをまっさらな状態にしたいはずです。その流れで伊達を滅ぼすわけにはいきません」

「・・・そうか。好きにせい」

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