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伊達政宗

――――――――1577年11月15日 米沢城 遠藤基信―――――――――

「ふう、ちと疲れてしまったの」

そう言って殿が肩を叩きながら上座に座られる。私と景綱もすぐに下座に座る。

「儂も歳かのぉ。この頃はどうも疲れがたまりやすくなってしまったわ。さっさと政宗に家督を譲って楽隠居したいものよ」

「そう言われますな。若様はまだ今日元服されたばかりです。これから当主として様々なことを学ばねばなりません」

「そうであったの。では楽隠居はまだ先になるか。惟宗国康のように幼いころに家督を継いでも皆が任せられるような天才であれば良かったのだがな。それは望み過ぎか」

「そのようなことは」

景綱が殿の御言葉を否定しようとしたがそれを殿が手で制される。

「我が子の才能ぐらいわかっておる。あれは確かに将として、当主としての才能はあろう。だがあれが成れるのはせいぜい奥州の覇者ぐらいだろう。天下人とは器が違う。それにあ奴はどちらかというと惟宗に降った方がよいという考えではなかったか」

「・・・左様にございます」

景綱が言いにくそうに肯定する。殿は惟宗と敵対している北条に使者を出したりと義昭公寄りの行動が多い。先の惟宗による蘆名討伐の際も義昭公の要請で蘆名に援軍を出した。その際に若様はかなり強固に反対して老臣たちの反感を買っている。その老臣たちは竺丸様を押しているようだがこれからどうなるのだろうか。

「殿、某も惟宗と敵対するのは避けるべきではないかと思いますが。武田が滅び蘆名も多くの土地を失いました。北条は敵対する小大名は潰しますが惟宗とは戦をする気配すらありませんし、佐竹も義昭公に同調しているようには見えません」

「北条だけでは勝てんからな。周りの小大名を潰すことで関東・奥羽の大名たちに協力しなければこうなるぞと言って味方を増やそうとしている。そうすぐには動けまい。佐竹はもともと北条との仲は良くないからな。どうせ北条もあれをはじめから味方としてみてはおらんよ」

「でしたら」

「景綱、控えよ」

景綱が身を乗り出して何かを言おうとしたがそれを制する。景綱は若様の近侍ではあるがまだ21の若造だ。本来であればこのような場に呼ばれるようなものではない。それを分かっていないのか、それとも若さゆえか。

「どうせ惟宗に勝つことはできんし、反惟宗派の家臣を説得できるわけでもない」

「ではいかがなさいますか。まさか惟宗の掲げる国家安康に殉じるおつもりでは」

「そんなわけなかろう。儂の目的は奥羽の安定と伊達の繁栄だ。国家安康とかいうものに伊達を贄にするわけにはいかんわ」

「では」

「政宗が儂と反惟宗派の家臣を追放するなり殺すなりして家の中心を親惟宗派に変えてくれればいいのだがの」

「またご冗談を。そのようなことをすれば伊達は若様を擁する親惟宗派と竺丸様を擁する反惟宗派で家を割ることになります。そうなれば周りの大名が手を出してくるでしょう。伊達は混乱し、最悪の場合滅亡しますぞ」

そうならなかったとしても伊達の当主は北条か惟宗の傀儡となるだろう。それではだめだ。

「そうよのぉ。さて、どうしたものか。景綱はどう思う」

「私にございますか。そうですな・・・」

そう言って景綱が考え込む。そう有効な策が出てくるとは思えんがの。

「やはり反対が多かったとしても惟宗につくべきかと思います。親北条派の者たちは惟宗の天下が足利の世のようになると思っているのでしょう。足利は力は大きくありませんでした。ですからこの奥羽の安定は奥羽の者が作ってきました。しかし惟宗は強い天下人です。奥羽の安定は奥羽の者が作る時代は終わったのです。ならば惟宗の下につき御家の繁栄を計るが上策です」

「そうか、では反惟宗派の者はどう説得する」

「まずは惟宗の力がどれほどのものか実際に知るべきでしょう。おそらく惟宗は来年の4月までに小田原攻めを行うはずです。その際にはこれまで以上の大軍を使うでしょう。それを見ればさすがの反惟宗派の者たちも惟宗に従うことに賛成するでしょう」

「ふむ。ま、途中までは良かったのではないか。しかしたかが大軍を見ただけで反惟宗派の者が意見を翻すとは思えんの。むしろ意地になって兵を出すことを主張すると思うがの。人はそう簡単におのれの意見を変えることはできん。それはこれまでに惟宗に滅ぼされた大名が証明している。基信はどうだ」

そう言って殿と景綱がこちらを見る。やれやれ。初めからこちらに聞くつもりでありましたな、殿。

「そうですな。でしたら誰か適当な者を京に送り、若様に大膳大夫を授けて頂けるよう働きかけましょう」

「官位だと」

「はい。現在京を支配しているのは惟宗です。そのこともあり、朝廷は惟宗よりの行動をします。実際に国康は今年だけで従二位となり正月の除目では内大臣に任命されるようです。貞康も今年で正四位上になりました。慣例から言って正月には従三位になりましょう。つまり今回の官位の話で惟宗がこちらをどう見ているかを探ります。もし、若様に官位が授けられたら惟宗は伊達や若様に好意的だと判断できます。反惟宗派の者たちは惟宗の下につくことで損をするのではと不安なのです。伊達は何度か惟宗と敵対的な行動をとりましたからな。その不安さえ取ることができれば少なくない人数が親惟宗派となりましょう」

「それでも惟宗と敵対することを選ぶものは」

「数名を上意討ちにすればよろしいでしょう。そのうえで竺丸様を親惟宗派に抱え込めば反惟宗派も黙りましょう」

「惟宗が官位の話を受け入れなければ」

「その時は惟宗国康と貞康の首をめがけて突っ込むしかありませんな。ま、若様が不意をついて殿と反惟宗派の頸をとれば混乱ぐらいですみましょうが」

「ふん、儂の頸で伊達を生かすか」

「お気に召しませぬか」

「気に入らんな。お前の頸も欲しいわ」

「某は地獄まで殿のお供をいたします」

「・・・そうか」

そう仰られると考え込まれる。

「よし、官位の件を進めよ。使者は基信に任せる」

「はっ」

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