粛清
今年最後の更新です
――――――1539年6月10日 亥の刻 岸岳城寝所 北原頼氏―――――――
「頼氏、父上と母上の様子はどうだ」
「大殿は何人かに自分が当主になるように言っていましたが誰も見向きもしなかったためふてくされて酒を大量に飲んでいます。大方殿は亡き父君である宗国親殿の縁を頼って熊次郎殿のことを頼むとほとんどの家臣に」
「まったく、何を考えているんだ。それでは親子の仲が悪いと自ら言っているようなものではないか」
熊太郎様が忌々しげに言い捨てた。
「それで父上は誰に声をかけた」
「津奈調親殿・仁位盛家殿・井手智正殿・倉野茂通殿です」
「重臣ばかりだな。特に茂通は俺が使い始めるまで碌な仕事をさせていなかったと思うが。まぁ、そんなことより父上をどうするかだな」
そう言われて熊太郎様が考え込まれる。数少ない肉親なのだ。どのような処分をするにしても苦しまれることだろう。
それにしても我らは寝所に呼ばれるほどに信頼されるようになったのか。熊太郎様はすぐに人を信用することはない。いや、人だけではなくあらゆるものに対してすぐに信用することはない。初めは距離を取り少しづつ使っていき信用できると判断するとすぐに距離を縮め重用する。例えるならば小動物のような方だ。しかし何かを為すために手段は選ばない冷酷な一面もある。実に頼もしいことよ。
「頼氏、お前はこの件をどうするべきだと思う」
「私はそのままでよいのではないかと。下手に何かしてもどこかに禍根が残るだけです」
「だが余計なことを考える輩が出てくるのではないか。例えば父上を担いで挙兵したり、熊次郎が元服するころに敵と通じたりすることはないとは言い切れないぞ」
果たして大殿を担ごうとする者はいるのだろうか。対馬の留守組に不満がたまっているかもしれないがこれから少しづつ解消していけばいい。なにせ宗は土地に対して管理する人が足りないのだ。不満を抑えることは容易だと思うが。
「・・・やはり父上は邪魔だな。これからより激しい戦が増えてくる。そのようなときに内に不安を抱えては戦いにくい」
「いかがなさいますか」
「一月以内に天竺に行ってもらう」
天竺はあの世のことを指す。つまり一月以内に大殿を殺せということか。
「大方様と熊次郎様は?」
「熊次郎に傅役を付ける。母上は熊次郎の事で頼るべきものを見極めようとしていただけであろうからこれで安心するはずだ」
少し甘いような処分だが宗は親族衆がほとんどいない。大殿を除けば熊次郎様だけ。そのことを考えての処分だろう。しかし大方様はそのままでよいのだろうか。
「母上の事が不安か」
いかん、顔に出てしまっていたか。いやこのような暗がりで顔は見えないだろうから適当に言っただけかもしれん。
「そもそも大殿があのようなことを言い出したのも大方様があおったことが原因です。今はいいですが熊次郎様が大きくなった時に大方様があおらないかと」
「むしろその方がいい。誰が俺に歯向かうかを調べるのに母上を監視するだけでいいのだからな」
大方様を囮に使うおつもりか。全く甘くない、むしろ厳しいと言える。乱世で生き残るにはこのように身内にも厳しくないといけないのか。
「身内の話は終わりだ。相神松浦の調略の方はどこまで進んでいる」
「北野直勝・東尚久時忠親子が新たにこちらにつくとのことです」
「よほど所領没収が堪えたらしいな。それにしても松園休也とやらは良く働くな」
「東親子の所領に不穏なうわさを流し松浦親に所領を没収するよう進言。北野直勝には次は直勝だと脅してこちらにつかせる。なかなかの働き者ですな」
「平戸松浦とはすぐ隣り合わせだから強い当主が欲しいのだろう。それとあまり締め付けてこない当主かな。俺もなめられたものだ」
「熊太郎様はまだお若いので」
というか幼いのだ。よくここまで宗を発展させたと称賛されてもおかしくはないのだが。これからは熊太郎様の歳のせいで余計な敵を増やしてしまうかもしれんな。幼いとくみしやすいと思ってほかの家臣に探りを入れてくるかもしれん。誰が実権を握っているのか、それに不満がないか。そこから偽の情報を流して熊太郎様の思うようになるように状況を作る。それが我ら多聞衆の仕事よ。
―――――――――1539年7月20日 飯盛城 松浦親―――――――――
「そうか、死んだか。これで宗の動きも止まるだろうの」
笑いが止まらんわ。前を見ると休也の顔にも喜色が浮かんでいる。
「はっ、うまくいけばそのまま対馬に帰るかもしれませんぞ」
「それは望みすぎであろう」
「いえ、宗の氏寺は対馬にありますので十分あり得ることかと」
「おお、そうであったの。これで宗の勢力が縮小されるのは間違いない」
「はい、家督は熊太郎とはいえまだまだ幼子。実権は父親である晴康が握っていたのは間違いないでしょう。それが死んだのです、これから家中で権力争いが起きるのは必定かと」
これでまた儂が力を盛り返すのは間違いないの。
「そう言えば伊万里の息子がこちらに来ていたのではなかったか」
「はい、今は某の屋敷にいますが」
「敵討ちをしてやらねばの」
「分かりました、すぐに兵を整えます。総大将は誰にいたしますか」
「お主に任せる。副将は直勝がよかろう。お主は有馬からの援軍を連れてこれなかったからな、いい名誉挽回の場になるだろう」
「お気遣いありがとうございます。身命を賭して務めさせていただきます」
頼もしいことよ。しかし今回の宗の事は他人事に思わんほうが良いかもしれん。
「のう、儂が死んだあとはここはどうなるのであろうか」
「殿?」
「儂には子がおらん。晴康の事で人がいつ死ぬかなどわからぬものだと改めて思ったわ」
「殿はまだお元気ではないですか。何を弱気な」
「世辞は良い。早く跡取りを決めねばならん。我らがここまで勢力を伸ばせたのも平戸が跡取り争いでもめていたからじゃ。そのことを忘れてはいかん」
せっかく勢力を大きくする好機だというのに跡取りがいないせいで家をつぶすなんてことにはならないようにせねば。
「では有馬様から養子をとるというのはどうでしょう。有馬様の下につくことになりますが確実に援軍が来るのは大きいかと」
「うーむ、有馬は大喜びで受け入れそうだが有馬に年頃の息子は居たかの」
「いずれの事ですので今は居なくてもよいのではないでしょうか。今すぐがよいと言われるのでしたら大村に確か一人いたはずです。歳は5歳だったかと」
「大村か。確か最近有馬から養子をとらなかったか」
「はい、去年有馬晴純様の子勝童丸が養子になったと記憶しております。有馬様としても自分の子が大村の当主になることを望んでいるはずですのでその子は邪魔でしかないかと」
その子を養子に迎えれば有馬に恩を売ることができるな。
「その子を養子に迎えよう。宗との戦が終わり次第有馬・大村と交渉を進めてくれ」
「はっ」
「申し上げますっ。宗が約3000の兵を率いて攻めて来ました」
「なんでじゃああああ」




