寺社諸法度
―――――――1577年10月10日 大坂城 ロレンソ了斎――――――――
「そうでしたか。カブラル殿がそのようなことを考えていたとは」
私の話を聞き終えたオルガンティノ様が溜息をつかれる。いきなり惟宗様より登城を命じられ、ほかの宣教師の方々は各地で捕まっています。オルガンティノ様もご不安だったでしょう。
「了斎には迷惑をかけましたね」
「いえ、オルガンティノ様のため、この国のキリシタンのためにございます。これが主からの試練だと思えばどうということはありません」
「そうですか。そのような精神がカブラル殿たちにもあればよかったのですが。彼らはこの国での布教が思ったよりうまくいかず焦っていました。そして楽なほうに誘われてしまった。それが彼らの失敗だったのです」
「しかしこれからどうなるのでしょうか。皆の話では僧侶が大坂城に集められていると聞きましたが」
「さて、どうでしょうな。僧侶たちは宣教師やキリシタンに強い不満を持っていると聞きます。もしかしたら僧侶たちの前で我らに厳罰を与えることでその不満を抑えるつもりなのかもしれません」
たしかに僧侶にはよく邪魔をされていましたね。私たちにも不満があるように彼らにも不満があるのでしょう。しかしそのようなことをここで晴らそうとされても困ったものです。惟宗様はどのように御考えなのでしょうか。御当主様は武田征伐を終えて蘆名攻めで山内・河原田などを滅ぼし会津郡・大沼郡を制圧した別働隊と共に戻ってきている途中だと聞いています。おそらくこれから会うとしたら御隠居様である国康様でしょう。御隠居様は宗教に関してかなり厳しい御方だと聞きます。日ノ本の出のキリスト教はどうなるのでしょうか。
「オルガンティノ殿、ロレンソ了斎殿。御隠居様がお呼びです」
1刻半ほどして外から小姓と思われる方から声をかけられる。
「かしこまりました」
さて、いったい何が待っているのでしょうか。
「面をあげよ」
「「はっ」」
御隠居様に促されて顔をあげる。しかしこれは何でしょう。てっきり私たちだけかと思ったら数人の僧侶が集められているようです。
「了斎殿、あれは日蓮宗の日乗、あっちは天台宗の詮舜、その奥は真宗高田派の堯慧、向こうには真言宗の秀尊に尊信、その隣は浄土宗の浩譽聡補。ほかにも各宗派を代表する僧侶が集まっていますよ。しかし彼らの表情を見ると私たちと同じように困惑の色が見えます。どうやら彼らもここに集められた理由を知らないようですね」
「左様でしたか。彼らが集められているということは少なくともキリスト教の事だけではないようですね」
「だといいのですが」
オルガンティノ様がそう不安そうにつぶやかれる。皆のためにも必ずやオルガンティノ様を生きてここから連れて帰らなければいけませんね。
「さて、よく集まってくれたな。今回集まってもらったのは宗教関連で新たな法を定めた。詳しくはあとから寺社奉行に説明させる。この法に従わない宗派は根切りにする。もちろん仏教だけでなくキリスト教もだ。この法の大まかな内容は宗派ごとに組織を作りその代表をこちらが指名すること、その組織にはすべての寺が必ず加入すること、代表が門跡または重職をする寺を本山としそれ以外を末寺をする、代表に選ばれたものは宗派の僧侶の名簿を作り提出すること、法式を乱さず作法の悪いものは代表が処罰をすること、罪を犯したものが来た場合は捕らえて届け出ること、自衛以上の武器を所有しないこと、組織は各寺の収支をまとめそれに応じて税を納めること」
「お待ちください」
そう言って惟宗様の話を遮ったのは日乗でした。
「先程仏教だけでなくキリスト教もと仰られましたがまさかキリスト教を認められるのですか。宣教師は南蛮を唆して琉球を攻めさせ、一揆まで起こそうとしていたと聞きます。幸いにも惟宗様の迅速な対応により一揆は未然に防げましたが奴らは危険です。すぐに禁教にするべきです」
やはりそれを言ってきましたか。日乗は大のキリスト嫌いで有名です。今回の件で何かしら言ってくると思っていましたが。
「キリスト教への処分はすでに決まっている。その方が口出ししてくるようなことではない」
「その処分とは」
「今回の騒動の首謀者であるカブラルの斬首、ほかの宣教師の追放、教会領の一部の没収だ」
良かった。オルガンティノ様の御命は守ることができたか。
「それは甘い処分です。宣教師は皆斬首にし、キリスト教は禁教にするべきです」
「前から聞いていたが随分とキリスト教の事を嫌っているな」
「当然です。キリスト教のような邪教が蔓延ればこの国は滅びます」
邪教ですか。私たちが仏教の事を邪教だと言っているからそのようなことを言うのでしょう。しかしキリスト教は唯一の神の教えを信じています。他の宗教を認めることはできません。
「しかしキリスト教側にも意見があろう。なぁ、ロレンソ了斎」
惟宗様がそういうといきなりこちらに話を振ってきました。
「はい。私たちが信じる教えは邪教でもありません。また今回の件で信者たちに非はございません。彼らは騙されていただけです」
「何を言うか。どうせそこにいる宣教師も今回の件は全て知っていたのだろう。そのような輩がこの国にいる限り国家安康は訪れないのだ」
「やめよ、日乗」
「しかし」
「くどいぞ。今回の処分は惟宗が正式に決めたことだ。それをたかが僧侶が口出しするでない」
「・・・はっ」
不満そうな声で日乗は頭を下げます。しかしたかが僧侶ですか。これから僧侶の上に惟宗様や幕府が来るのでしょうね。それがいいことなのか、良くないことなのか。
「ではせめて拙僧は、バテレンが説く教法を少し承りたい。惟宗様がここで彼らがそれを拙僧に説くように命じて下されば嬉しく存じます」
教法を?まさか。
「宗論か。ふむ、よかろう。場所はここで、時期は明日行うこと。参加者は日蓮宗側は日乗と日珖、キリスト教側はオルガンティノとロレンソ了斎でいいな」
「日蓮宗側は問題ありません」
「私たちも構いません」
「では決まりだな。他の僧侶たちも興味があるなら見学していいぞ」




