琉球
―――――――――――1576年2月10日 大坂城――――――――――――
「そうか、無事駿河を制圧できたか」
「はっ、現在は駿河の検地を指示されてこちらに戻ってきているところです」
俺の言葉に頼久が返事をする。よかった、貞康が当主になって初めての戦だ。ここで失敗でもしたら大問題だもんな。
「武田は援軍は出さなかったのか」
「そのようです。家中では援軍を出すべきだという声も多くあったようですが、勝頼の側近である跡部勝資と長坂光堅が上杉がどう動くか分からないのと御隠居様がこの大阪にいること、御屋形様が率いている兵がそこまで多くないことを理由に反対したようです。もし援軍を送ればその隙に大阪にいる御隠居様が大軍を率いて信濃に攻め入ると。それを真に受けて勝頼は援軍を送らないといったようです」
たしかにその可能性は捨てきれないよな。二度の織田征伐で惟宗が大軍を用いているのを近くで見ていたのだ。しかも俺もここにいるし徳川も出陣していない。貞康たちが囮のように見えてもおかしくはないか。しかし家督を継いでも囮と思われるか。まだ諸大名は俺の方を重視しているみたいだな。出来れば家督を継いだんだし貞康の方が警戒されるようになってほしいけど。ま、その頃には天下統一が終わっているだろう。
「北条の動きはどうだ」
「味方を増やすためあちこちに義昭の書状をばらまいていますな。それとも敵味方をはっきりさせるためかもしれませんが。蘆名・那須・伊達・大崎・二階堂・葛西・相馬・田村・最上が使者を送ったようです」
「意外と多いな」
まさか奥羽や関東では惟宗が北条に負けると見られているのか。
「惟宗の武威を近くで見ていないため我らを侮っているのでしょう。それと使者を送らなかったことを口実に親北条派に攻められるのを懸念しているからかと。確か佐竹からの密書にも似たようなことが書かれていたはずでは」
「あぁ、惟宗につきたいが使者を送ったことがばれたら北条が攻めてくるかもしれないと書いてあったわ。北条も佐竹も生き残るために大変だな。しかし使者を送っているのは南の方の者が多いな。南部・安東・戸沢・大宝寺・小野寺などはどうしている」
「様子見ですな。しかし惟宗につこうとしている者が多いと見受けまする。特に上杉に近い者たちは上杉が降伏したことがかなりの衝撃だったようです。おそらく関東・奥羽に兵を進めればすぐに降伏するでしょう」
そうは言ってもなぁ、奥羽の大名は正直よく分からんからな。この間まで敵対していたところと手を組んだかと思ったらまた戦をしたり。ま、それはこの時代ではどこでも見られた光景かもしれないけど。それに姻族関係がかなりぐちゃぐちゃだ。理想としては50万石ぐらいは譜代か準譜代を置いておきたいんだよな。史実では蒲生に奥州仕置で42万石、再仕置で90万石に加増している。伊達や家康への備えだろうな。この歴史では政宗が家督を相続する前に北条征伐が行われるだろう。そうなると史実の奥州仕置より国人が多いはずだ。もしかしたら奥羽で纏まって惟宗に抵抗なんてこともあるかもしれないな。負けることはないだろうが面倒だな。
「とりあえず奥羽の主だった大名・国人には接触してくれ。どこが確実に敵につくか、確実に味方になるか、様子見に徹するか見極めよ」
「かしこまりました」
敵対すれば容赦なく潰す。奥羽で惟宗の武威を示すにはちょうどいいだろう。様子見に徹した奴らも国替えか減封だ。天下人相手に様子見をして許されると思うなよ。
「それとキリスト教の事ですが」
「あぁ、やはり琉球の事は事実であったか」
「申し訳ございませぬ。何分外つ国の事ですのであまり情報が正確ではありません。戦の準備をしているのは間違いないようですが。ですが噂としては琉球征伐に類するものが流れています。その中には坊津に上陸して攻め入るつもりだというものまで。少なくとも攻め入る先は日ノ本か日ノ本の民がいる土地かと」
ふむ、天下を統一してからは戦をするとしたら外国になるだろう。国内向けは伊賀衆に任せて多聞衆は外国専門の諜報機関にした方がいいかもしれないな。まさか欧州からこっちまで攻めてくることはないだろうけど情報は持っておかないと。俺が生きているうちはある程度歴史の知識があるからいいが死んだ後が不安だ。
「宣教師の動きはどうだ」
「少しずつですが武器を購っているようです。おそらく琉球に攻め入った南蛮の水軍と武器を持たせたキリシタンたちを持って御隠居様や御屋形様に譲歩を迫るつもりなのかと」
「その中心になっている者は」
「カブラルやコエリョといった布教の中心となっている人物です。しかしオルガンティノやフロイスは関わっていないようですな。主流派でないものはこの件から完全に排除されたようです」
「ロレンソ了斎などの日ノ本の民で布教の中心となっている者たちはどうだ」
「なにも知らされていないようです」
「そうか」
ロレンソ了斎はなかなか頭がいい。おそらく一揆の可能性を伝えたらすぐに反対するだろう。だからキリシタンの中心人物であるにもかかわらず知らされていないのだ。
「ところでこの間頼んでおいた件はどうなった」
「はっ。ある程度はまとまりました」
「そうか、あとで俺の部屋に持ってきてくれ」
「かしこまりました」
さて、諸大名の相手は貞康に任せて俺はキリシタン対策と行くか。まずは琉球に使者を送ろう。せっかく機会をくれたんだ。この際、琉球を支配下に置こう。




